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2F/当番ノート

カメラの墓場

当番ノート 第3期

「生成りとトゲ」みたいなプロジェクトの中で
「ファッションとカメラの新しいカタチ」というキャッチフレーズがある。
そろそろ、このコトバも役目を終える時が来たかなと思っている。
写真をファッションという身近な日常の中に写真を当たり前のように存在させたい。。。
そんな意味でつけた言葉が自分自身を苦しめることになる。
ファッションという言葉を使う以上、もちろん流行と隣り合わせで自分が悪いのだけど、
自身のプロジェクトが今のカメラスタイルの流行と並べられることに違和感を感じるようになった。

いろんな方面から怒られそうだけど、
実は僕は「カメラ女子」という言葉があまり好きではない。
もちろんカメラをしてる女性が嫌な訳ではなく、むしろ大好き。
僕のまわりには本当にたくさんの女性の方が写真と真剣に向き合っていて、
それを商業的にカテゴライズされた枠に閉じ込めてほしくないという気持ちが大きい。
だから「カメラ女子」というより
「今、流行のカメラ女子」というワードに抵抗があるのかもしれない。

表面的ではなく、内側を見せること。
一時的ではく、残していくということ。
流行りを作りたいわけではなく、流行りに乗りたいわけでもない。
写真がただただ日常の一部で、ただただその人の一部であればと思う。
だからいつまでも使いたくなるもの、いつも持ち運びたくなるものをつくる。
今一度伝えたかったのは「生成りとトゲ」みたいなプロジェクトは
写真やモノヅクリを愛するすべての老若男女のためのプロジェクトだと言うこと。

とある本に「カメラ女子の聖地」とご紹介いただいたことがあった。
それは最高の褒め言葉なんだと思う。
でも、僕はそれならあえて「カメラ女子の墓地」でありたいと思う。
もちろん、それはここでカメラ人生が終わるって意味じゃなくて、
墓場までカメラを持っていてほしいという意味で。
もっと言うなら自分は墓場に入ってもカメラはコドモたちに受け継いでいってほしい。

いつか今のカメラがアンティークになって、
そのカメラにたとえば自分たちが手がけたカメラストラップがついていればこんなにうれしいことはない。

シノハラトモユキ

シノハラトモユキ

「生成りとトゲ」みたいな名前のプロジェクトのディレクター&デザイナー。

モノヅクリとシャシンとヒトの可能性を模索中。

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