「で、ネジー。ニノが向かった先は本当にこの島であってるのか?」
「おそらく。フェリーにこのような紙切れが落ちていました。最初は子どものイタズラかと思いましたが。」
森田は紙切れをじっと見つめる。そこにはこう書いてある。
アイコー印刷 営業部長 二ノ宮敬二 43歳
「森田刑事。しかしですよ。持ち出しの現行犯で逃亡している男が、こんなものを」
「ちょっと待ってくれ!」
「刑事!」
森田は勢いよくフェリーから海面に飛び込んだ。
そうよ。トビウオのように。
「宝島に着いたのかと最初は思ったわ。」
渋沢は続ける。
「でも宝島ってね。宝があるから宝島なわけじゃない。じゃあココは宝島ってコトなのかな。
だって私、結婚もしてないうちに離婚式をやったわけよ。ケニーにすすめられて。でも今はこうやって結婚しているわけじゃない。これまたケニーにすすめられて。一体この島には何人のケニーがいるの?」
ケニーはさっきから黙りこくったままだ。
(ニノさん、やっぱりオレのことは思い出せなかったか。そりゃそうだろう。あじのみ物語で会ったっきりだ。
この島で泳がせておけばケリーのやつが現れるかと思っていたけど、そう悠長なこともいってられなくなってきたな。)
「にのさんとやら!急に襲いかかってくるからビックリしたですしー。」
ななえはそう言いながら一輪車でケニーの頭を何度もぶつ。何度も何度も。
ケニーのおでこから流れ出る血は石段のふもとから浜辺の方まで流れていく。
「刑事!!一体どうしたんですか?急に海に飛び込むからビックリしたじゃないですか!」
「悪い悪いネジー。最近、脱水症状気味でな。30kmばかし走ったら体が水分を欲するんだよ。」
「し、しかし刑事。走っているのはあなたではなくフェリーの方ですよ!しかも私も今日は朝の運動がまだ出来ていないんです。ちょっと運動してきていいですか?え?森田刑事!!シャツに血が。」
森田はシャツを眺める。なにやら赤いものが付いている。
「刑事!事件はひょっとして最悪の方向に向かっているのでは。。。」
「武智軍の末裔っていってもさあ、あっこ。今は誰もそんなこと気にしやしてないよ。なんせ300年も昔の話だからね。」
「でも当時、この国でオンバの使用が許されたのは武智軍だけだったわけでしょ。」
「まあ、確かにそれはそうさ。オンバはそもそも扱いに熟練の技がいるからね。そりゃあ、他の一族ではそんなに簡単に扱えやしないよ。でもオンバがない今の時代になってみたら、武智の名前なんて過去の遺物だよ。」
「オンバはあるわ。」
「ええっ!」
「このコトは他の人には誰にも言わないで。あたし、ずっとこの国のオンバについて研究していたのよ。
私がなんでこの島に来たと思う?大学の友人にあるコトを電話で聞かされたのよ。」
「あっこ!ここは誰も今いない。だから誰にも聞かれない。せっかくだから誰かに聞かれた方が話が盛り上がる。人のいる場所に行こう!」
「そうね。フェリー乗り場はどう?そろそろこの島に船が着く時間でしょ。」
「刑事、どうやら島が見えてきたようです。」
森田とネジーは船内の荷物の片付けをし始める。
「刑事。これだけは最後に聞かせてくれませんか。島で二ノ宮を万が一見つけた場合。万が一ですよ。その時は現行犯逮捕でいいんですね。」
「現行犯逮捕でいい?他に何がある?」
森田はネジーの目をキッと見つめて問いかける。
「刑事のそのプロ意識。本当に尊敬します。出来れば刑事の過去の失敗談とかそういったお話を伺える機会があればといつも思っております。」
「ケリーか。わしじゃ。博之じゃ。」
「博之おじさん!今どちらにいらっしゃるの?」
受話器を持つケリーの手が明らかに震え始める。
「王藻公園じゃ。明日『音楽と写真で巡るたぬきの風景』ってのを開催しようと思ってな。そこでこの国の人間にオンバの写真を見せようと思っておる。」
「博之おじさん!ちょっと待って!!今そんなことしたらどうなるか分かった上で言ってるの!!」
「ケリー。残念じゃがもう決めたんじゃ。それに警察はワシを捕まえれんよ。ちゃんと手はうってある。あの男を島に送りこんでるんじゃ。まあ、お前さんくらいには色々と動いてもらったし一言いっても問題ないじゃろうと思ってな。悪いなケリー。これが人間の社会じゃ。明日を持ってしてこの国もガラッとイメチェンじゃのう。」
通話の音が切れる。ケリーはしばし呆然とする。
(明日までまだ時間がある。あの男が島に来ると見越してコチラも武智をおくっているわ。王藻公園。博之さんがいるコトをニノさんはきっと嗅ぎ付けてるはず。じゃああたしはこのまま最終回に出番はないわね。最終回は残りの登場人物で勝手にやってちょうだい。)
ケニーは血まみれになりながら、うりゃりゃキッチンに辿りつく。
静かに静かに何度も唱える。呪文のように何度も何度も。
(キキさんだ。この事態を救えるのはキキさんしかいない。。。)
「ヒーローってのはね。最後の最後にはどうしても出ざるを得ないんだよ。
何故かって?理由は単純だよ。それがヒーローだからさ。」
ドトールからキキは足早に王藻公園へと足をすすめる。
すべての人たちの希望を一身に背負って。
「まあ、希望を背負う気なんて毛頭ないんだけどね。」
「明日まで後8時間か。キキさんさえ来なけりゃあ、このまま世界はワシのもんじゃわ。」
博之はニタニタと笑う。
「キキさんはきっと来るですしー。」
ななえは一輪車に乗りながらそう何度も叫ぶ。
ななえの目の前には、フェリー乗り場が見えてきた。
そしてこの島に着く最終フェリーが今まさに岸壁に迫っていた。
(続く)