「こう見えてもあたし大学で歴史学を専攻していたんだから。選考にモレスキンのノートを抱えてそのままトイレに駆け込んじゃった。トイレは駆け込み寺じゃないのにね。いけね、あたしあの時何やってたんだろ。若気の至りかな?そして今は薄毛のたたりね。」
「ごめんね、あっこ。この島で離婚式が御法度なんて知らなかったのよ。ついケニーさんの口車にのせられて、、、」
渋沢は自分が一体どこに閉じ込められているのかすら分からない。あたり一面がダークブルーなのだ。
「誰も知らないのよ。素顔のケニーは。」
「え?ケニー。あっこ、あなたケニーさんのコト何か知ってるの?」
あっこは渋沢に2分前に電話で呼び出されていた。もちろんそれが離婚式の案内だとはつゆ知らずに。
「あっこ?あたし。ケリーよ。大学のゼミで一緒だった。久しぶり!ちょっと調べて欲しいコトが出来たのよ。」
1ヶ月は経つだろう。あっこが大学を卒業して以来会ってなかったケリーからの電話を受け取ったのは。
(コクのある甘だれで卒論を塗りそめているなんて言えないわ)
「二人とも!今回の離婚式は見なかったコトにしといてやる。もっともオレ見てないんだけどね。」
カラミ煉瓦で編まれたニット帽を被った男が、手に持っているライトで渋沢とあっこを照らす。
「あれ?あなた、おでこだけ光り始めたですしー。」
「ん?んんん??どこだここ?確か離婚式を始めて最初の5分くらいで渋沢ちゃんが、、、あれ?」
「知れば知るほど浅はかさが見えてくるですしー。あ、私の名前はななえといいますですしー。」
ななえは樹齢250年はあるであろう老木の側でその男を見つける。男の脇には一台の一輪車が横たわっている。
「あなたはピエロですし?一輪車の練習してたですし?渋沢って誰ですしー??」
ななえからの立て続けの質問に、ケニーは頭をなんとか整理しようとする。
しかし、おでこの辺りがどんどん熱を帯びてくる。
「それにしてもさっきの足長蜂の大群はどこに行ったんだ?お前の足に刺さっている一匹だけしかいないじゃないか?」
ニット帽を被った男の姿が二人にハッキリと見えてくる。
明らかにカラミにくい風貌。
あっこは気付いた。
「あなた!武智軍の末裔ね!!」
「末裔?武智軍??馬鹿言うんじゃないよ。あっこ馬鹿だけど。末裔も何も武智だよ。」
武智はケリーに用事を頼まれてこの島に来ていた。どうやらケリーの学生時代の友人がこの島に来ているという。
「武智!おばあちゃんの笑顔がごちそうよ。だから、あっこという女の子以外の若い女の子を見つけたら、とにかく洞窟に隠していって。あの島の中腹には、その昔、武智軍が足長蜂から身を潜めたっていう洞窟があるらしいから。」
「分かりました、ケリーさん。しかし万が一若い男を見つけた場合はどうしたらいいのですか?」
「創作意欲が湧いている男はもうあの島にはいないはずよ。家族連れには嬉しいわね。武智。そういえばあなた家族いるの?」
家族。家族。。
武智家の末裔として育ってきた武智にとって、幼少の頃から「普通の家族」という存在は隣の芝よりダークブルーだった。
「家族か。なんじゃ家族ってー!!」
武智の両手はいつしか真っ赤に染まっていた。
「旨いオムライスにはねえ。売り切れ必須のケチャップってのがいるもんなんだよ。ケニーってこの島で名乗り始めた、、、ええっ!武智??なんでここにいるのお前??」
「ケニーさん!あなた竹島に行ったんじゃ??」
「武智。話しが長くなる。オレはもうケニーの名前を捨てたんだよ。そこのお嬢さん二人。悪いけどこの男とゆっくり話がしたい。ちょっと席を外してくれないか。いや待てよ。席を外さなくていいよ。男二人に女二人だ。ちょうどいい。今からこの四人で合同結婚式をやろう!」
合同結婚式は静かに始まっていく。
「おでこがどんどん熱くなってくるよ!!」
なんだ?この一輪車は??と思いながらもケニーはななえに湿布を要求する。
(続く)