「あなたが愛するものは、あなたを泣かせもするのよ!」
渋沢は足の甲に止まった足長蜂を見つめながらケニーに言った。
「まあ、渋沢ちゃん。君は家出をしてきわけだ。卒業をすることもなしに。
でも考えてみなよ。君、卒業をホントにしてしまったら次の入学どうするの?
受け入れ先も決まってないのに自動的に卒業って、チドリー・スコットの映画じゃないんだから。」
ケニーは自分の足の裏の表部分を引っ張り、渋沢の頬をうつ。
うてばうつほどに、渋沢の足の甲に止まっている足長蜂の針は奥深く刺さっていく。
うん。相づちだ。挨拶をしよう。まずは挨拶からだ。元気な挨拶。おはYO!!CONにちは??
挨拶をもっと器用に使いこなせば、札束ももっと上手く転がせるコトが出来るかもしれない。
「100円玉って案外うまく転がせないものなのよ。」
渋沢がしたのは家出ではない。何故なら彼女には家がそもそも無いのだ。
普段、ココ!と決めた場所以外でモバイルハウスを組み立てて寝る暮らし。
渋沢は家出をいうものが相対的に不可能なのである。家はいつも付随してくるものなのだから。
「オンバを押すのって難しいじゃない。だって今、冬じゃないじゃない。祖母からよく言われていたわ。
100円玉を転がすような面持ちで50円玉を転がすつもりでオンバは押しなさい。って。」
50円玉を転がすような面持ちで渋沢は話し続ける。
「わたし、家がモバイルハウスだからか、よくお家騒動に巻き込まれるの。
この前も、名前なんていったっけな?たけむら、違う。たけだ?違う。なんか『たけ』の付く
名字のお家騒動に巻き込まれちゃって、もう嬉しいったらあーりませんか!!」
「だから君の顔を見つめたよ!」
ケニーは渋沢の顔をじっと見つめる。
「でも、ホントにじっとりと見つめたいのはケリーなんだよ。」
ケニーはケリーの顔をじっとりと見つめる。
そこにケリーの顔が無いにも関わらずである。
「そうだ。渋沢ちゃん。ケリーの顔をじっとりと見つめたいわけだから、予算に合わせた2000円程度の
メニューを思いつくまで、ケリーの顔をやっててくれないかなあ?束の間の悲しみでいいんだよ。こんばんはー!」
2000÷50=100円玉を転がすわけにはいかない。
「ケニー!いっそのこと、この島に結婚式の名所を作らない?勿論いっそのこと。
だったら二次会とかで、うりゃりゃキッチンのお客さんももう少し増えるかもしれないじゃない。
托鉢のお坊さんが増えるのもいいわね。ご両家の関係も考えて、ボープロジェクトって名前で始めるのはどう?」
「離婚式の名所は?」
ケニーは豊かさを求めて暮らしてきた人びとの遊び心に、散々触れてきたのだ。
この島に滞在している3時間の間に。
「離婚式?まあ確かに日常の生活が詰まった生活用品への思いを手放す!って式があれば
卒業式よりはよっぽど有用よね、決めた!私、卒業式に参列するのを止めて今から離婚式に参列するわ。
サンタクロースからもらったモノもうまく捨てられるかもしれないわ。」
「じゃあ、2分後に渋沢ちゃんの離婚式を始めるかーー!!」
2分後。
渋沢は生まれて初めて経験する離婚式をこの島でやることになる。
その時ケニーは知る由もなかった。
幕末にこの島を天領としていた武智家が、この島での一切の離婚式を禁じていたことに。
離婚式の最中に襲来した足長蜂の大群に、2万石の武智軍の100石分が成す術もなかったことに。
(続く)