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2F/当番ノート

一生懸命を知る

当番ノート 第5期

自分、という人間について、それぞれの人間がどれほどまでに興味を持っているのかは、僕は僕以外であった記憶がないのでわからない。
少なくとも僕は、相当自分に対して興味を持っているのではないかなぁ、と思う。
寧ろ、自分にしか興味がないのかも知れない。

昔は自分の外側にばかり興味を持っているのだと思い込んでいた。

兎に角自分嫌いで、自分に価値があるとすれば、価値のないことを解っているというところくらいなもんだ、なんて思っていたので、そんなくそどうしようもないヤツには興味なんてなかった。
面白い話をする友人や、なにかに打ち込む姿を見せるひと、人と少し違うなと思えるようなひとに興味があった。
飛び抜けていいヤツ、と思う友人も、自分にコンプレックスがある分、興味があった。

「校区外へ出てはいけません」と言われれば基本的に出ようとせず、「明日は漢字テストです」と言われれば家で漢字ドリルをひらく程度には真面目で、ずる休みはしないけどたまに遅刻はする程度に不真面目で、反抗期という反抗期はあったのかなかったのかよくわからない。

大人や周りからは「少し変わってる」とか、「マイペース」とか、そう言われる子供であったし今でもそう変わっていない。

そんな中から、何が自分に興味を持たせたのかというと、「一生懸命になる」というそのことそのものなのではないかと、最近思っている。

子供の頃、好きだったものは離れて暮らしていたじいちゃんばあちゃん達と、そのじいちゃんばあちゃんが住む田舎の島。海水浴。料理。犬や猫なんかの小動物。
三人兄弟の一番上。
学生の頃の部活動もそれなりに出席し、ややサボり気味に楽しんだ。
恋愛、ってのは基本的に縁がない人生で、それらしいバレンタインやクリスマスなんてゆう記憶もほぼない。
学生時代は課題が多かったのでアルバイト経験も、そうない。
最後の受験だけはわりと真剣に勉強をした。(欲しい資格があったのだが、資格を取れる学校そのものが少ない。)
無事入学しギリギリ卒業し、資格は取れた。職にも就けた。

そんな風になんとなくソレナリに、且つあまり大きな波無く生きてきたので、「一生懸命」というのは受験勉強や何かの課題みたいな、「せねばならない事」に分類されることくらいで、お前は積極的なのかそうでないのかと問われればイマイチわからない。

なにかつくる、ということをはじめたきっかけは、まだ30年に満たない人生ではあるけれど、そのどん底期を経てはじめてだった。

専門学校を卒業し、希望の職についたものの心身が持たなかった不甲斐ない事や、少ない恋愛経験の中の失恋や、ちいさな憤りの蓄積みたいなもので、さして珍しいどん底でもないが、波の少ないそれまでの人生に、ある意味初めての挫折的な要素が重なり、ちょっと参ってしまったのだった。

そんな時に、感情のはけ口としてつくる事をはじめてしまった。
「つくる」という言葉を使うには、それなりに理由があって、人は「そういうのを表現て言うんじゃない?」と言うかもしれないが、その「表現」という単語に、僕は少し抵抗を感じる。

それは、「表現」という言葉が嫌いとかそういう理由ではなくて、自分にとって、その言葉がまだうまく咀嚼できないから使えない、というような意味合いで、自分が口にするのを少し躊躇ってしまうからだ。
イメージで言うと、ばかでっかい立方体みたいな感じで、どこから手をつけていいのか、どう解釈すればいいのか、なんとなく腰が引けてしまう。
辞書やインターネットで言葉の意味を調べても、芯は奥深くて触ることもできないようで。
「これは○○を表現したものです」、というようなことは理解できても、漠然とした「表現」という二文字は、僕は未だ使えそうにない。

つくりはじめた僕は、はじめて一生懸命、という経験をしたような気がした。

ものすごく(勝手ではあるけれど)作ることは、望むのに辛いこと。
どこかしらで頑張るということなしに、出来ないこと。
誰かではなく、自分とのたたかいで、やろうがやるまいが自由で、やっても誰か喜ぶわけでもなく、やらなくても何も誰も困らない。
ただやりたいからやる。
それだけの熱量が注げる。
見返りが基本的に自分の手から生まれるものに委ねられているので、自分の満足するものを自分で作る。
それが純粋に楽しかった。
一生懸命、という感覚を知った。

途中で、それについて、技術的な部分で人から学ぶ機会もあった。
人にみてもらう経験もした。
全く僕を知らない人が、僕の作ったものを見て反応をくれた。
どうしょうもない僕、という人間はひとまず差し置いて、作ったものそのものに対してだけのストレートな感想が貰えるのが嬉しくてたまらなかった。

すかすか空っぽの自分の中身を洗いざらし探して、ひっかかりをとっかかりに変えて、つくるものに落とし込んでいく。
それは、結局常に自分の内側に向かうことになって、僕は自分に興味が出てきたのかもしれない。
加えて、今まではクラスメイトや、職場など、小さくて年々歳を重ねるにつれ大きく変化しない自身の身の回りのひと、という以上に、
つくる事に関連して様々な繋がりが生まれたことで、人間関係のなかから感じた事も多くあったと思う。

色んな人がいて、みんなそれぞれに何か悩んで、頑張って、気も遣って、腹も立てて、日常を過ごし、時に離れる。

言葉としては聞いたことがあるようでも、体感として感覚を得るような納得には何も勝てない。

つくることをしないままだったら、一生懸命を知らなかったら、なにかを体感する機会も今より格段に少ないと思うし、ずっともっと子供っぽいままだったと思う。

自分の都合第一、わかってほしいようにわかってほしい、しんどいことは好きじゃない。やりたいことだけやりたい時に、やりたいだけ。
昔は無意識にそうだった事が、これが「勝手」ということだと知ったりもした。

一生懸命を知ることは、自分を知ることで、まわりを見ることに繋がった。
ただ、自己満足のための僕のつくる行為は、誰かの役に立ったりしないと思うけれど、僕が少し精神的に成長できたなれば、身の回りの人には、ちょっとマシなヤツになれると思う。
それは、ちょっと嬉しいことだと思っている。

人の前にこうして出して頂くからには、それなりに自分でも満足できるものを、と、思い、それは当たり前だと感じるのだけど、もっと当たり前な「時間厳守」が今回もできなかった。
偉そうなことを書く部分もあるかもしれないけれど、こうした出来ていない部分がまだまだいっぱいで、なかなか自分なんかが皆様にお話をさせてもらってる事に自信がないところが大きいのが正直なところです。
けれど、言いたいことを堂々と言うには、こうした出来ない部分と向き合っていなくちゃ、と思うので、ここに住まわせて頂いている間にも、一番苦手な時間厳守をもっと頑張ります。
きっと来週こそ。

管理人のみなさま、アパートメントの読者のみなさまごめんなさい。
次は土曜午後六時にお会いできますように。

浅田 泉

浅田 泉

こんにちは。さようなら。雨の隙間から明るい空を見上げるためのにわか雨。そんなものに用があります。

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