強風に震える花びらたちが次から次へ、絶え間なく枝から離れていく。それらはひらひらはらはらと散りながら、羽ばたく小さな蝶や極小の鳥へと変身し、今一度舞い上がる。
その間にも藍色をした空の結晶化は進み、その硬度と透明度が増し続ける。星ぼしから放射される光は屈折し、分解され、大きさも色の組み合わせも多様なプリズムの橋を成す。
あるものはひょろ長く、あるものはずんぐりとして、あるものは格好の良いきのこ人(びと)たちが、それらの橋の上を徒歩で渡りながら、それぞれに異なるお気に入りの帽子を頭から外して挨拶する。橋の下に流れるのは、壮麗に瞬く星ぼしの河だ。それらは毛細血管や樹木の枝を思わせる複雑な交差をしながら、海へと流れ込む。
その大洋を輝かせる夕焼けは多少なりとも淡い色ばかりの、紫と緑と紅とその中間の色々による斑(まだら)模様。低空から中空にかけて移ろうそんな夕焼けのなかから生まれるのは、魚や鯨や海老や水母や貝の若葉たち。彼らは一段と強くなる風にすいすいと、ほわほわと流されながら、刻々と広がる羊雲の間で見え隠れしている。
そうしながら、その海棲生物の若葉たちは夢を見ている。その内容は、宇宙の多層構造の奥深くで化石となっている、透明な原始生物たちが生きていた頃の暮らしの様子である。単細胞でありながら、驚くべき多様な姿をした彼らが空間を漂い、泳ぎ、分裂し、合体し、歌を歌い、踊りを踊っている。
かつて花びらだった小さな蝶は魚や鯨や水母の若葉たちの裏側に止まって翅(はね)を休め、かつて花びらだった極小の小鳥はそれらの夢のなかにいる原始生物たちをついばむ。
やがて、空は厚い雲に覆い尽くされる。渦巻き猛る嵐が起こって、それらをことごとく混ぜ返し、押し流す。その圧倒的な暴力に対しては、どんなに大きなものもどんなに小さなものも成す術を持たない。きのこ人たちは帽子をしっかりと被り直して駈け出し、底の知れない真っ黒な穴ぐらへと避難する。
嵐が去り、すっかり荒れ果てた世界に巨大な虹が架かる。その色に染まり、同時に煌めく光を内に閉じ込めた雨上がりの雫たちはあらゆるものの上に平等にあって、時に流れ落ちる。それらの様子は実に美しい。
虹の上を徒歩で渡るきのこ人たちが、帽子を頭から外して挨拶する。
「やあ、また一からやり直しですね」「ははは、毎度のことですが、困ったものです」「それにしても、何だかさっぱりした心持ちもするから不思議なものですね」などと、晴れやかな顔をして言い交わしながら。