面接官が入ってくるとざわついた空気がピンと張りつめた
500を超える受験者たちの目が一斉に面接官の姿を追う
面接官は受験者たちの前に立つと深々と一礼し
開口一番に言い放った
「男性はお帰りください」
会場がどよめいた
「前もって言っておけ」
「書類審査で分かることだろ」
そんなつぶやきがあちこちから聞こえた
無理もない
応募資格には「粘り強く仕事のできる方」としか明記されていなかったのだから
だが実際に自分の目で受験者たちの姿を確認したかったという面接官の気持ちも分からないでもない
400もの受験者が一度に姿を消した
落胆した不合格者たちが去っていく中
会場の真ん中あたりで
二人の受験者が顔を見合わせて驚きの表情を浮かべていた
・・・二人は初めて会った時から似ていると思った
話せば話すほど気が合い
行動範囲もほぼ一緒だった
今まで友だちじゃなかったのが不思議なくらいだった
「きっと私たち今までにどこかですれ違ってるよね」
彼女たちには共通した思いがあった
毎日の生活に不満があったわけじゃない
けれども新しい環境に身を置いて自分を試したい
常々そう思っていたところ
チャンスが巡ってきたのだ
「私たち『男性』ではないものね」
つかの間喜びを共有し
二人は再び真剣な表情で面接官を見つめた
会場が静けさを取り戻したところで
面接官が言った
「壁を登れない方はお帰りください」
受験者がさらに3分の1に減った
二人は喜びを隠すのに必死だった
壁を登ることなど日常茶飯事で天井ですら余裕でこなす自信があったからだ
それはまるで二人を残すために用意されていた質問のようだった
面接官は続けた
「水が苦手な方はお帰りください」
二人は運命を感じた
二人は雨が好きだった
梅雨の時期にはあじさいの葉の上で食事を楽しんだり会話をしたりしたものだった
選ばれるのは私たちに違いない
そう思った
そして
事実そうなった
二人を除く全ての受験者が去って行った
二人は絡み合って喜びたい衝動を隠しきれなかった
そして次に「合格」と発せられるであろう面接官の口を凝視していた
面接官から次の言葉が発せられた
「ひきこもりを経験したことのないあなたが合格です」
二人の頭の中に一瞬疑問符が浮かんだ
そして
二人の内の一人だけがそうであることを彼女たちはゆっくり理解した
一人は生まれつき背中に殻があった
そして一人になりたい時にはその殻にひきこもった
一方もう一人の彼女に殻はない
それが似ている彼女たちの唯一の違いだった
殻のある彼女は殻のない彼女に向かって片目をつむり
おめでとうと言った
面接官が言った
「初めて会った時からあなただと思っていました
陸にこんなにも私たちに似ている方がいるとは正直驚いています」
面接官と殻のない彼女の姿は確かに似ていた
「さあ行きましょう海へ
申し遅れましたが私は海の牛と呼ばれています
ウミウシで結構です
あなたを私の仲間に紹介しましょう」
殻のない彼女はウミウシの後をついて
ゆっくり海へ向かった
海の中へ消えていく二人の姿を殻のある彼女は遠くから見つめていた
塩を含んだ風の冷たさにツノを出したりひっこめたりしながら
きっともう会えないという寂しさと
彼女の幸せを願っている自分
そして最後にかけられなかった言葉が頭の中で渦をまいているのを感じた
潮が満ちている
月もまた満ちていた
冴え冴えとした冷たい夜に彼女もまた月を目指してゆっくりと歩きだした
今日はあじさいの葉の上で眠ろう
そして殻にこもって二人の思い出に浸るのだ
月明かりに照らされ光り輝く細い道が
どこまでも続いている