初めて泊りがけで登った山は、赤石山脈の光岳だった。
小学校1年、楽しみにしていた初めての終業式を欠席させられ、両親と山仲間に半ば無理やり連れて行かれた格好だ。
夏休み初日は山の中、という思い出深い数日がスタートしたのである。
当時は寸又峡からの林道は崩落しておらず、車でガタゴト揺られながら登山口まで到着した。
そこから、寝袋とおにぎり・水筒を小さなリュックに入れて、長く続く登りを大人たちに混ざって一歩一歩一生懸命進んでいったのを覚えている。
山荘に辿り着くと、そこの主人(だったか、登山客だったか)に「こんな小さな子供を、この山荘で見たのは初めてだ。頑張ったね。」と褒められ、登りは辛かったけれど、まんざらでもない気分を味わった。
それが原因か、昼寝中にお漏らしもしてしまったが、このときの体験がもとで山を好きになったのではないかと今でも思う。
翌日、山頂までの道のりを歩き頂上には出たものの、ガスっていて景色を見ることは出来なかった。
そんな訳で頂上での達成感よりも、親たちがしている山の世界に自分も来られたことの方に喜びを感じながら、残りの行程を楽しみつつ帰宅の途についた。
それから四半世紀経った同じ7月下旬、僕はカナダのBugaboo(バガブー)山域にあるひとつ頂を目指していた。
テント場から見える一番高い山へ、南稜に沿って登っていくラインは“Kain Route(ケイン・ルート)”と呼ばれており、初登したコンラッド・ケインにちなんでこの名前がついている。最寄のHut(山小屋)もKain Hutと呼ばれていて、彼の足跡を至るところで触れられるエリアだ。
登攀スタイルは登山というよりはクライミングで、ロープとカム・ナットなどのプロテクションを使いながら、高度感のある距離にして450mほどの南稜を進んでいく。頂上直下ではジャンダルム(尖塔)と呼ばれる難所に当たるが、そこを越えると他の何千ものクライマーにしてくれたように南峰が僕たちを迎えてくれた。
頂上までの苦しい時間や疲労を消し去るほどの素晴らしい眺望を目にすると、小学1年の僕が感じたものとは違う、まさしく頂へたどり着いた達成感がこみ上げてくるのが判る。
しかしそれはほんの束の間で、まだ踏破していない他の頂へ意識が向くと途端に消えていってしまうのが山での達成感。
何とも薄情なものであるが、尊敬する2人が大好きだったBugabooへ来られたことを本当に嬉しく思い、彼らがこの場所を勧めた理由も納得できた気がする。
何故そんなにまでして山に登るのか?と聞かれて、僕は何と答えて良いか回答に迷う。
恐ろしく簡単に言えば「好きだから」だろう。
頂上を目指す者、自然に触れる者、紅葉を撮りに行く者、修行に入る者、そこに山があるからだと言う者、様々だ。
それでいいと思う。
光岳とBugaboo Spire。
場所や登りのスタイル、味わったものは全く違うけれど、そこに共通しているのは山と自分との関係であって、この世界とどう向き合えばいいかを考えさせてくれる。
山に入ると騙しは効かない。
それもあって自分が素直になれる場所が山なのだろうと思うし、山で学ぶことは多い。
頂上を目指すだけが登山ではないことも教えてくれた。
そろそろ里にも紅葉がやってくる季節。
頂上を目指しながら極彩色を楽しむも良し、ロングトレイルのように横へ紅葉を楽しむのもまたありだろう。
13/11/2013 Masa Nakao