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2F/当番ノート

ツバメ町ガイドブック PAGE6 「天使の踊り場」

当番ノート 第16期

天使の踊り場

 世界の片隅の扉の向こうに、その町があり、その天使たちがいる。

 ”天使の踊り場”

 住所:ツバメ町 C地区 麦の小路

 天使の頬は何色をしていると思う?
 天使の髪はたまご蒸しパンの黄色、
 天使の肌は白パンのクリーム色、
 天使のまつげはライ麦パンの小麦色、
 天使の頬は———
          (ツバメ町の言い伝えより)

 世界にただ一つの、ツバメ町ガイドブックを標榜しているこの本としては、当然グルメ情報も掲載しておく必要がある。一般的にガイドブックに望まれる最たる記事は、ご当地グルメに関するものだろう。けれどツバメ町はさほど飲食店は多くなく、特に名物として知られるような料理もあまり見当たらない。カフェが少しとレストランが少し、バーや洋食店が一つ二つ、といった感じの小さな町の中で、唯一のベーカリーカフェが”天使の踊り場”だ。
 クロックムッシュ、たまごサンド、ホットビスケット、ライ麦パン、ベーコンエピ、セサミパン、コーンパン、練乳フランス、チョココルネ、メロンパン、蜜たっぷりのフレンチトーストなどがいずれも焼き立てで、自由に選んだそれらのパンに、小さなマカロニサラダとチキンコンソメスープ、ホームメイドのクッキーがついたセットが店内で食べられる。そのスタイル自体は我々の住む”外”でも珍しくないが、この店の特徴の一つが、店内の客は食事中ほとんど口をきかないという点にある。
 羽衣のように舌の上でふわりとほどける柔らかで甘い白パン、みっちりとキメの詰まった噛めば噛むほど旨味の出るハードパン、クリームパンの官能的かつ品のいいカスタードの香り、トーストの上を軽やかにすべるバターの程よい塩気、いずれも客を絶句せしむるには充分なもので、絶句こそがこの極上のパンの数々に対する最大の賛辞だ。
 では、この店の名は何に由来するのか?
 客がみな絶句しつつ、ひとくちサイズにちぎったパンを愛おしげに口に運び続ける店内では、ある音と沈黙とが交互に訪れる。
 ある音とは、厨房の方から聞こえてくる、パチパチという音。これは焼きあがったばかりのパンが窯から出された時、冷えて収縮していく皮が立てる音なのだが、”外”でもこの音のことを俗に「天使の拍手」と呼ぶ。上手に焼き上げられたパンに、人は絶句し天使は拍手するというわけだ。
 そして天使たちが拍手する合間合間に鳴り響く静寂。これも”外”でも使われる表現。ふっとその場が静まり返る一瞬を、「天使が通る」と。
 この店の特筆すべき点はその卓抜した味よりもむしろ、大勢の天使が行き交い、けれど忙しなく通り過ぎるだけの通行路でもなく、時に漂う香ばしいパンの香りに鼻を足を止める階段の踊り場のごとき場所である、ということ。
 すなわち、天使の踊り場。

 次号 ツバメ町ガイドブック PAGE7 「マトリョシカさん」

夏見 ホネカ

夏見 ホネカ

影に色を塗るような気持ちの小説たち。
「ツバメ町」第1巻、2014年度中に書籍化予定。

Reviewed by
夏見 ホネカ

天使の愛するパン屋さん。

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