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2F/当番ノート

ツバメ町ガイドブック PAGE12 「マドモワゼル・サムシング・フォー」

当番ノート 第17期

four

 世界の片隅の扉の向こうに、その町があり、その誓いがある。

 ”マドモワゼル・サムシング・フォー”

 住所:ツバメ町 F地区 時の小路

 サムシング・フォー。
”外”においてそれは、花嫁のための幸福のジンクス。
なにか新しいもの。
なにか古いもの。
なにか青いもの。
なにか人から借りたもの。
その四つを身につけた花嫁は、きっと幸せになるという。
 一体いつどのようにしてそのジンクスが、”外”から隔絶されたこのツバメ町へ伝わったものか、伝承がコミュニティー内で時とともに徐々に変化していくのは珍しいことではないが、ともかく、ここツバメ町においてのサムシング・フォーはこうだ。
なにか結んだもの。
なにか開くもの。
なにか冷たいもの。
なにか回るもの。
 それらを花嫁が身につけるのではなく、マドモワゼル・サムシング・フォーなる人物が、花婿と花嫁に授けるのだという。
マドモワゼル・サムシング・フォーはこう語る———
「ツバメ町の結婚式では、新郎と花嫁は、ロバに乗って町内を一周し、皆から祝福を受けます。もちろん祝福こそが、最大の贈り物そのもの。町中の人間からこの先一生の幸福を願われることなんて、人生で二度きりです。それが産まれた日と、結婚式の日。実はこの町には祝福のプロ、”祝福コンフェッティ屋”という人も、いるんですけどね。だけど結婚式の日だけは、いわば町全体が、祝福屋さん。町中いたるところが花と笑顔で溢れます。そして花嫁と花婿は誓い合うのです、花嫁は花婿を信じる自分の気持ちを星占いより信じることを。花婿は花嫁を信じる自分の気持を神より信じることを。そのための証として用意するのが、サムシング・フォー」
 なにか結んだもの。たとえば絡まった真っ白い雲の切れっ端。それは誓いで結ばれる二人のために。
なにか開くもの。たとえば百五十年前の錆びついた誰かの宝箱。どれだけ誓いが古びようとも相手の心を開く鍵を象徴して。
なにか冷たいもの。たとえば北の海で見つかった、永久凍土の中の鯨の歯の化石。時には喧嘩をして、冷えた食事が食卓に並ぶこともあるだろう。それも誓い合った永遠の中の二人の一日。
なにか回るもの。たとえば千年前にその針でどこかの国のお姫様を眠りにつかせたという紡ぎ車。人も、日々も、まわり続ける。くるくるくるくる、二人はワルツを躍るように、誓いを軸に手を取り合い、人生を奏でる———。
「なにしろ、この町での人生は永いです。果てがあるのかすら分からない命で、結婚した二人で寄り添って生きていくことになる。けれど気持ちの行路は複雑です。優しさはすれ違い、思いやったつもりが一方通行で、怒りは簡単に正面衝突し合う。それでも、どんなにぶつかり合う二人でも、結婚式の日には互いに誓いあった筈。相手を愛し続けることではなく、相手を信じる自分の気持ちこそを信じることを」
 だからこそ、マドモワゼル・サムシング・フォーは、町中が祝福の華やぎに溢れるその日、ボロボロの宝箱や鯨の歯の化石、そんな一見ガラクタにしか見えないようなものを、新郎新婦に贈るのだという。祝福された結婚式の日から何年も何年も時を超え、誓いが日常の中に埋没しかけた頃、ある日ふと、夫婦は戸棚の中から、あるいは引き出しの中から、マドモワゼル・サムシング・フォーに贈られたガラクタを見つける。その時、彼らは思い出すそうだ。神よりも自分の心を信じると誓った、人生で最も勇敢だった日の記憶を。
 マドモワゼル・サムシング・フォーは、美しい笑い皺の刻まれた頬でゆったりとした口調で語る。
「少なくともツバメ町においては、サムシング・フォーのおかげで幸せになった花嫁など、どこにも存在しません。この町の人たちは、みんな、とっても慎ましやかだけれど、とっても勇ましいの。かつて花嫁だった人も、新しく花嫁になった人も、口をそろえて誰もが言うわ。今が幸せか不幸せかなんて愚問だって。幸せへの途中なのよ、ってね」

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夏見 ホネカ

夏見 ホネカ

影に色を塗るような気持ちの小説たち。
「ツバメ町」第1巻、2014年度中に書籍化予定。

Reviewed by
夏見 ホネカ

勇敢な誓いを乗せて、ロバで進もう。

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