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2F/当番ノート

猫の見る夢

当番ノート 第31期

さしたる愛猫家でもないわたしが、猫のことについて書くのを、どうか許してくださいますでしょうか…。猫を飼っているわけでもありませんし、猫を引き寄せる特殊な能力を持っているわけでもありません。猫に関してはただの一般人なのです。

いや、もちろん、当事者でなければそのことについて書いてはならんという法はありません。猫経験のごく浅いわたしも、大手を振って、猫のことを書きたいと思います。もし、このノートを読んだ愛猫家過激派から「お前に猫の何がわかるんだ!」と非難されても、わたしは「それは漱石先生に言っとくれ!」と返す予定でおります。

まあ、そんなわたしにも、猫のごく近くに暮らした2ヶ月あまりの経験があるのです。

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それは、アフリカのとある調査地でのことでした。ここではネズミ除けのために猫が飼われており、その猫がたまに、わたしの部屋にやってきます。全員で3頭、しましまの母親と、ライオンみたいな父親と、三毛のその子供です。

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しましまの母親は眼つきの悪い気分屋で、わたしの部屋をことに気に入っていました。調査から帰ってきて、窓を開け放ってデスクワークをしていたりすると、ガリガリっと窓の下で音がして、格子からぬっと、見慣れた顔が現れます。ストッと部屋の中に降り立つと、我が物顔にまっすぐベッドに向かい、その上に飛び乗って、丸くなり、すやすやと寝息をたてはじめるのでした。

最初のうち、ノミが心配だったわたしは、マットレスを傾けたりして追い払おうとします。しかし、何度追い払っても「グー」と不満そうに喉を鳴らして戻ってきてしまい、なにより寝ているさまが実にかわいくて、撃退の試みはすぐに中止されました。

起きているあいだは、手を出すと5回に4回はひっかくくせに (これは、上から手が降りてきて怖かったのだということに、後になって気づきます)、ベッドに寝ているときに横に座ればおとなしくしていてくれることを発見したわたしは、デスクワークに疲れると、猫と一緒にベッドに寝転びます。腿の上に移動して丸くなった猫の背中をゆっくりなでて、その毛並みの艶やかさと温かさを指先に感じます。猫は猫で、目を閉じて、ゴロゴロと喉を鳴らすのでした。

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外では熱帯のスコールが降っており、降り籠められてどうやら退屈した猫は、裏の部屋に行って何やらごそごそやっています。ふと気づくと静かになっていて、どうしたかな…と様子を見に行くと、段ボール箱の蓋を自分好みにつぶして、その中で気持ちよさそうに眠っていたのでした。いったい、猫はどんな夢を見るのでしょうか。
…すてきな夢を見ていたらいいなと思います。

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しましまの母親は、食い意地も張っています。あるときわたしが、ベッドに腰掛けてパイナップルを食べていると、この猫がやって来て、ベッドの端に前脚をかけました。たまに食卓の食べ物をかすめとるので、ベッドの上に飛び移りそうな体勢をとったとき、ダメ!と手を出そうとすると、右手と左手がこんがらがって、お皿をもった手のほうを出してしまいます。

パイナップルはあらかた皿からとびだして床に落ちました。ばかねこめ…と心の中で悪態をつきながら、床に落ちたパイナップルを拾い、泣く泣く洗って食べたのですが (あ、お腹は下しませんでしたよ)、冷静になってみると、ばかなのは猫じゃなくてわたしのほうなんじゃなかろうか…とふと気がついたりするのでした。

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ライオンのような父親はおっとりしています。膝に乗ってきたりしないかわりに、わたしをひっかくこともありません。遠くから眺め合って、お互いにけだるい、といった距離感でした。

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三毛の子には困らされました。

ある夕方,わたしがちょっと部屋を空けて戻ってくると、入れ替わりにこの三毛がささっと飛び出してきます。どことなく、いたづらを見咎められた子供が逃げていくような雰囲気があったのは、あながち思い違いでもなかった様子…

デスクワークのつづきをしようと、ノートPCにコードを接続すると、充電ランプが点きません。おや…と思ってコードをよく見ると、鋭い穴があちこちにあいています。数秒、推論をしたのちに、ああ、カジカジしちゃったのね…と理解します。三毛が感電しないで良かったという安堵と、しかし大部分は、調査期間はまだこの先長いのにPCの充電ができないのは困った…という焦りが、わたしの頭を占めます。

しかし、この問題は、翌日なんとか解決します。共同研究者のアドバイスをもとに、コードのかじられた部分を切断して除き、自由になった両端を分解して配線をつなぎ直し、ありあわせの太ゴムとビニールテープで周囲を絶縁すると、見た目は悪いものの、ふたたび電気が通じるようになったのでした。

それ以降、わたしが部屋を空けるときには、PCのコードをいちいち必ずスーツケースの中にしまうようになったのは、言うまでもありません。

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——

後日わたしは夢を見ます。夢の中では、太ゴムが人喰いゴムとなって襲ってきます。太ゴムの動きは、低温と乾燥によって止まるため、わたしはそれらを次から次へとフリーズドライにして、襲撃を防いでいました。

わたしは、動きが止まり白みがかかってカサカサになった太ゴムを拾い上げます。いちどフリーズドライにしても、手のひらの湿り気と体温でまた動きだすのではないかと、気が気ではないのでした。

すくなくとも、猫はこんな妙ちきりんな夢見ないだろうな。
いや、でも、どうだろう……

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ぬかづき

ぬかづき

のどかにつづる

Reviewed by
田中 晶乃

動物が幼い頃から苦手だ。
苦手と言うと、たいてい驚かれる。私は動物好きのように見えるらしい。
言葉が通じないので、相手(動物)が何を考えているかわからない。
相手の次の動きも、読めない気がする。
わからないから、少しこわいなと思う気持ちを、ずっと持ち続けている。

猫や年を重ねている犬は、動物の中でも、わりと気楽に付き合いやすい。
われ関せずの彼らは、気ままに過ごしているので、こちらも警戒したり、怯える必要がない。
人がいようが、子どもが向かって来ようが、彼らは思うままに生きているように見える。

友人の家に、リーという雄猫がいた。
リーさんと呼ばれていた彼は、私たちが遊びに来ると、ふらっとどこかに消えてしまう。
そして、そのまま私たちは泊まり、皆が寝静まった時に、ふと顔を出すような猫だった。
私は、そんなリーさんが好きだった。
関心なさそうだけど、少し周りの様子が気になる、リーさん。

その日も、リーさんのいる友人宅に遊びに行っていた。
リビングの階にあるトイレが使用できないとのことだったので、別の階のトイレを使いに私は移動した。
夜の廊下を歩いていた時、リーさんが背を伸ばした状態で、こちらを向いて座っていたのだ。
静かに近寄る私。
どこかで逃げてしまうのではないかと思いながらも、一歩ずつ近づく。
リーさんはその場を離れず、凛とした様子で座っていた。
程よい距離で私はしゃがみ、リーさんを見つめる。普段なら逃げて行く彼もその時はそのままだった。
暗い廊下に外灯の明かりが差し込んで、リーさんと自分しかいないのではないかと錯覚するような、静かな空気だった。
時間にしたら短いと思うが、私たちは長く見つめあっていたような気がする。
そのあとは、どうなったか覚えていないが、私はトイレに行き、みんなのいるリビングに戻っていったのだろう。

リーさんを見たのはそれが最後だった。

その夜以降も、友人宅に行った際は、リーさんを探したが、いつもどこかに行っているのか会えなかった。
あの時と同じ廊下に行っても、リーさんは現われなかった。
その後、友人からリーさんの訃報を聞いて、あの日のことを思い出した。
今振り返っても、自分にとって不思議な体験だったのでしっかりと覚えている。


きっと誰しも、動物との思い出は何個か持っていると思う。

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