はじめに断っておかなければならないのは、この世の中には、サンドイッチを愛する人の数だけ「善きサンドイッチ」がある、ということです。いいですか、しっかり頭に入れておいてください。そうすれば、俺のサンドイッチが一番だの、あのサンドイッチは下等だの、そうした不毛な議論に陥らずに済みます。サンドイッチに唯一絶対の正解などないのです。ピース。
とはいえ、ここで、わたしにとっての「善きサンドイッチ」の条件をまとめておくのも、悪くはないことだと思われます。以下に示す条件は、多様なサンドイッチの在り方を具体的に示すひとつの例として、たとえばもしかしたら後世のサンドイッチ研究に資するものとなるかもしれません。ですが、まあ、資さなくても良いのです。サンドイッチには、そういうゆるさがあって良いのです。
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条件その1 おいしいパン
おいしいパンを探します。コンビニやスーパーで売っているものより、パン屋さんで買ったものが好きです (自分で作られる方はそれが最上かもしれませんね…)。まず、香りが違います。金色のねじりっこをほどいて袋を開けると、ふわっと、小麦とバターの香ばしい匂いがします。生地は、ふわふわもちもちしております。パン屋さんでパンを買うという行為は、ちょっと贅沢な気分をともなうものでもあります。
さて、このパンを、トースターであぶって、表面にバターが溶けるくらいの温度にします。ちょっと焦げ目がつくくらい焼いてしまっても、香ばしくて、それはそれでよろしい。熱いうちにうっすらバターを塗って、しばし置いて冷ましておきます。あ、そうそう、食感や香りの違いが楽しいし、わざわざめんどくさいし、耳はとりませんよ。
ここ京都にはさまざまなパン屋さんがあり、パンの選択肢には事欠きません。食パンはシンプルなため、そのままトーストして食べても違いがよくわからなかったりします。しかしサンドイッチにすると、甘み、香り、食感など、なぜか味の個性が際立つ気がします。バゲットに切れ目を入れてサンドイッチにするのも、また乙なものです。ただし、噛みついたときに、硬いバゲットの皮から逆に口内を噛みつかれることもあるため注意が必要です。わたしはこの現象をひそかに「バゲットの逆襲」と呼んでいます。
しばしば「耳」がもらえるのも、パン屋さんで食パンを買う際のうれしい約束事です。東京では本体と耳の別売りが多いけれど、京都では本体に耳がついてくることが多いような気がします。ちっとも「いけず」ではないのです。サンドイッチを作りながらお腹が空いてしまったら、耳をトーストして、かじりながらやりましょう。作る人の特権ですね。
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条件その2 具材は好きなように
好きな具材を好きなだけ入れます。あらかじめパックされている既製のサンドイッチでは、この点が難しい。カツのサンドイッチは1切れで良いのに…とか、どうして玉子とハムを混ぜるんだ!とか。その点自分で作れば、ツナのサンドイッチは入れなくてもいいし、レタスは2倍増しにできるし、もう良いことづくめです。
中に入れるものだって何でも構わないのです。以前、夕飯の残り物の、茄子と豚肉の中華風炒め物を入れてみたことがありました。当然のごとく中華風のサンドイッチになり、それはそれでおいしかったものです。好きなものはどっさり乗せて、もう一枚のパンでわさっと蓋をします。
わたしのお気に入りは、レタスと鶏ハムに柚子胡椒をあわせたサンドイッチ。これらの具材は入手しやすく、すごく手軽に作れて、挟むのも簡単です。鶏ハムは、八角と粒胡椒で香りをつけて茹でたもの。厚めに切って冷凍してストックしておけば、いつでもすぐに使えます。豪華にしたいときはスライスチーズを挟んだり、野菜を増やしてみたり。レタスは、恐れずに、大量の2-3枚をがばっとはさみこみます。しゃきしゃきした食感が大好きなもので…。
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条件その3 よく切れる包丁
なにもサンドイッチ作りのみに限りませんが、もっとも重要でありながら、意外と見過ごされていることであります。必ず、よく切れる包丁で、サンドしたパンを切りましょう。切れ味の悪い包丁でサンドイッチを切った日には、パンくずがぼろぼろとこぼれ落ち、輪切りトマトはつぶれ、ハムとチーズはぐちゃりとして渾然一体となり、サンドイッチ作りはその佳境において一気に悲劇の様相を呈します。必ず、よく切れる包丁です。
よく切れる包丁を維持するには砥石が必要です。砥石については、人それぞれに、出会いの物語があることでしょう (たぶん)。わたしと砥石との出会いは、数年前のぽかぽかと暖かい秋の日、偶然に導かれるようにして入った石材屋さんでのことでした。その日以来、包丁は「ステンレスの薄い板」から「刃」に変わり、硬いカボチャも薄いパンも、包丁がまな板に吸いつくように、すかすかと切れるようになりました。まだ砥石との幸福な毎日を築かれていない方には、どうぞ運命の出会いがあらんことを。
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条件その4 有能なラップ
切ったサンドイッチを、崩さずに持ち運び、ぽろぽろこぼさずに食べるには、ラップで包み込むのがベターです。このラップには高度な性能が要求されます。しっかりしていて破れにくく、面と面をあわせたときにピタッとはりついて留まりながらも、食べるときにはすらすらとはがれてくれる必要があります。無能なラップを買ってしまうと、セロテープでベタベタと醜い補強をほどこさねばならなくなったり、包んだつもりのサンドイッチが破裂していたり、ちっとも良いことがありません。たとえすこし高価でも、有能なラップ、これに尽きます。
有能なラップにたどりつくまでには、幾多のトライアル・アンド・エラーが必要かもしれません。そんな手間と時間は割けない、すぐに正解を知りたい! という方には、改めて、サンドイッチ作りに正解はないのだ、ということを思い出していただきましょう。でもこっそり教えちゃう、わたしの場合は旭化成の「サランラップ」。そして、これはと思うラップをみつけたら、もう、一途になることです。一度わたしは浮気して、そのときは、サンドイッチ作りの満足感が20%くらいは低下したのでした。
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条件その5 善き状況
わたしは、早起きして、お弁当のサンドイッチをつくる朝の時間が好きです。サンドイッチ用にあぶったパンから良い香りがして、バターの溶ける感触があり、水々しいレタスを横目に見ながら、朝ごはんを作ったり、その日の服をどうしようかなと考えたり。あわただしい出発前の時間に自分の手で作り出した、ぴしっと包まれたサンドイッチを見ると、なんだか妙にうれしい達成感があるのでした。時間があればコーヒーも淹れて、保温マグに詰めて持って出たいところ。こうした、なんだか心が満たされる状況も、善きサンドイッチには大事な条件です。
そして実は「善きサンドイッチ」には本質的な矛盾があります。サンドイッチ伯爵の逸話を思い出すまでもなく、サンドイッチというのは本来、片手間にささっと食べられる手軽な側面を持った食べ物です。しかし基本的に、善きサンドイッチは、余裕のある時間に、ゆったりと食べられなければならない。スマートフォンやら読書やらで「ながら食べ」をすると、いつのまにか手に残っていたのは一口分しかなかったりして、これもとても悲しい。手軽な食べ物だからこそ、ぽかぽかと陽の当たるベンチなんかで、時間を気にせず、すこしずつ味わって食べたいと思うのです。
ついでに、人にサンドイッチを作ってあげるのも、なんだかうれしいことであります。以前、その日長旅をする恋人に、早朝起きてサンドイッチを作って、お弁当にと渡したことがありました。昼ごろ、メッセージが来て、「おいしい! けどレタスが多いね」と。……そんなことわかってるわい、わたしは、レタスのあのしゃきしゃきした食感が大好きなのだ。
もし良かったら、そのうち、あなたにとっての善きサンドイッチを作ってみてください。できればコーヒーかスープなんかも添えて。たとえばカバンの中に、お弁当の、善きサンドイッチが入っている。そう思えば、ちょっとしんどい朝でも、気分がすこし上向くかもしれません。