コンビニの夜勤は午前六時に終わる。家に帰り着くとシャワーを浴びて煙草を一本吸う。あとは何もせずに昼過ぎまで眠る。アサクラは日々をそうやって過ごした。たまに女が尋ねて来ることはあった。その時にはセックスをして食事を共にした。だけどそれだけだった。
「この猫を見かけませんでしたか」
ある日の夕方。タバコを買いに出掛けた帰り道だった。アサクラは野球帽を被った男の子に声を掛けられた。八歳か九歳ぐらいと思しき男の子は一枚の写真をアサクラに見せた。写真には一枚の猫が写っていた。なんでも男の子の飼い猫なのだという。
男の子の家族は父親の転勤のため十日後にこの街から離れることが決まっていた。しかし引越し先の家では猫を買うことが禁止されていた。なので男の子の家族は、彼に何の相談もなくこの街のどこかに猫を逃してしまった。それでも男の子は猫を諦めることができず、こうして街中を探し回っている。
アサクラは男の子と一緒に猫を探して歩いた。児童公園のベンチの影。橋の下。路地裏。猫が好みそうな場所を男の子と一緒に歩いて探した。猫は見つからなかった。翌日も待ち合わせて探そう。アサクラと男の子はそう約束して別れた。
それからというものアサクラと男の子のふたりは猫を探して街中を歩いた。平日は毎日十六時に児童公園で待ち合わせて日が暮れるまでのあいだを捜索時間にあてた。ある時は川沿いの道をずっと歩いて探した。またある時には商店街の店々で聞き込みをしながら歩いた。土曜日と日曜日には早い時間から待ち合わせて隣の町まで歩いた。昼飯にラーメンを奢ってやると男の子の表情は緩んだ。警察や保健所だって訪ねた。猫は見つからなかった。有力な手がかりを得ることのないまま引越しまでの日数だけが少なくなっていった。
コンビニの夜勤を午前六時に終えて帰宅したアサクラはシャワーを浴びて煙草を一本吸い、それからスマートフォンで、迷い猫の情報が掲載されているサイトを幾つも見て回った。男の子に渡された写真と見比べながら、それらしい猫の情報が寄せられていないかと、目を細めて探した。
引っ越しの前日もふたりは猫を探した。公園。空き地の草むらの中。ビルとビルの隙間。もう思い当たる場所はなかった。同じ場所を何度も何度も探した。それでも見つからなかった。すっかり日が落ちて周囲が暗くなっても、猫が姿を見せることはなかった。最後の別れ際。男の子は目に涙を浮かべながら、「アサクラさんと一緒に探せて楽しかった」と、震える声で言い、歯を見せて笑った。
男の子が引っ越してから二ヶ月が過ぎた。その日アサクラは普段と同じようにコンビニの夜勤をして過ごしていた。午前三時。客足はなかった。特にしなければいけない仕事というものもなかった。アサクラは店の外に出て灰皿の傍に行き煙草に火を点けた。数時間前まで雨が降っていたので屋外の空気は湿気を含んでいた。
煙草の吸殻を灰皿の中に放り込んだその時、駐車場に置かれている自販機の陰から一匹の猫が姿をあらわした。サバトラ柄の大きな猫だった。猫は数秒のあいだ警戒した様子でアサクラを見つめたあと、危険はないと判断したのか、尻尾を立ててトコトコと彼のもとに近づき、スニーカーの爪先の匂いをスンスンと嗅ぎ始めた。
「ずいぶん探したぞ」
柔らかい猫の背中に触れ、アサクラは低い声でぼそりと呟いた。