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2F/当番ノート

グーグルマップとKを祝う。

当番ノート 第55期

>>通過儀礼6日目

友人Kが結婚した。大学時代のサークルで知り合った、ちょっとした悪友である。いや、私が勝手にそう思っているだけで、本人はただの同期だと思っているかもしれないが。「私たち友達よね」とかいちいち確認しないので、お互いにとっての関係性はきっと一生不明だろう。

先日、めでたく結婚式も行われたとのこと。コロナもあってか特に出席するような感じではなかったし、あまりしっかりお祝いする機会も持てていないので、突然だが、祝辞がわりに思い出を綴ろうと思い立った。

なかなか長くなりそうだけど、スピーチじゃないので許してください。

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友人というか、旅行仲間、かもしれない。

学生時代、そして就職してからもしばらくは、毎年のようにサークルの友人たちと旅行に出かけていた。国内も、ときに海外も。私は1年間代表をしていたくらい、そのサークルに入れ込んでいて、メンバーにはやたら馬の合う人が多かったのだ。

旅行はその都度、同行者が違ったが、公約数をとるとだいたいKがいた。

この連載で何度もふれているシベ鉄横断もそうだし、その後のアメリカ横断旅行も、あとその他、片手で数えられないくらいはどっかに行った気がする。

だいたいがミーハーな旅行だった。

確か最初に行ったのは、京都だ。森見登美彦の小説にハマっていて、K含め4人で夜行バスで京都に向かった。夜は短し歩けよ若者! と京都市中を聖地巡礼して回った。下鴨神社、糺の森、先斗町、バー・ムーンウォーク(月面歩行)など。

思えばそれが皮切りで、その後もKをはじめサークルの友人たちとの旅行は、なにがしかの「テーマ」をもって……ふざけていうなら「コンセプチュアルな」旅行ばかりなのである。

今は無き遊園地・スペースワールド。閉園直前、別れを告げるために北九州まで行ったこともあった。

Kは九州の田舎出身で、中学と高校ではずっと剣道に明け暮れ、厳しい部活動に律せられる日々を送っていたとかで、かわいい女の子にモテたいという意欲が強く、上京してからは合コンやなんやを繰り返していた。

私にはまったくないモチベーションなので、趣味や気が合ったとは言い難い。が、なにか夢見る感じとか、形から入りたがる感じがこじれた先にある、「ロマン心」が共鳴することがあった。のかもしれない。

シベリア鉄道は面白そうだとか、村上春樹の好んだカレー屋や太宰の通ったバーには一度は行っておかねばならないのではとか。アメリカ横断中、ニューヨークに到着する手前で、ふと地図中にナイアガラの滝を見つけてしまったときは、「せっかく近く(といってもプラス250kmくらいかかるし、カナダへ国境を渡らないといけないのだが)に来たなら徹夜して運転してでも見に行った方がいいのではないか」と否応なくルート変更。

「せっかくなら」「しといたほうがいい」という思いつきに忠実で、要はミーハー心に突き動かされて生きている。

そんなわけで、Kにまつわる旅行は印象深いものが多いのだが、最後に旅の話をしたのは2年前。2019年の夏頃だった。

どっか行こうという話ではなく、突然Kが「スロヴェニアの洞窟でプロポーズをしたい」と言い出したのだ。

しかし丸4日間しか休みがとれない。現地2泊でスロヴェニアに行って帰ってくる旅程を考えてほしい。相談に乗ってくれ。と言われ、とある夜、作戦会議となったのだった。

・ ・ ・

都内のビアホール。WiFi完備の店内で、私はパソコンを開きGoogle Mapを睨んでいた。Kは呑気にビールを飲んでいる。なぜ私のほうが真剣に悩んでいるのだ……。

Kには長年付き合っている彼女がいて、そろそろ結婚したいのだが、プロポーズはそのへんの海とか丘とかではなくて、「決定的な」ところでしたい。彼女が洞窟が好きなので、テレビでやっていた「世界で一番すごい洞窟」に行こうと思い至ったのだという。

これぞロマン。これぞコンセプチュアル。

コンセプトが大事なので、山口の秋芳洞や埼玉の地下神殿(首都圏外郭放水路)とかでは話にならないようだ。

相変わらずだなとは思っても、友人の人生大一番。協力せねばなるまい。

これまでも旅程を立てるのは好きなほうだった。ぎゅうぎゅうの日程でも、行きたいところをまわりきれるように、各種移動手段を検討して時刻表を睨みながらルート設計することには多少自信がある(本当はもっとのんびりした旅行が好みだが)。

・ ・ ・

まず、絶対に外せないポイントを聞いた。

1、世界で一番すごい洞窟に行きたい。スロヴェニアのポストイナ鍾乳洞が最有力候補。

2、彼女の仕事の都合で、行き帰りの飛行機もあわせて4日しかない。

3、洞窟だけ行ってとんぼ返りは嫌だ。彼女はヨーロッパに行ったことがないので、いかにもヨーロッパっぽいベタな都市もあわせてまわりたい。

・・・無理では?

1と2だけならまだしも、3がえぐい。が、早々に諦めてはプランナーの名がすたる。

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まず、旅程の核となるスロヴェニアのポストイナ鍾乳洞について調べた。

この鍾乳洞は全長約24km、ヨーロッパでも最大級の規模を誇るという。中にはトロッコが走っていて、それに乗って探検できるらしい。完全にディズニーランドの世界である。

出典:commons.wikimedia.org / Cristian Raifura (Creative Commons CC-BY-SA-3.0)

そもそもスロヴェニアは欧州有数の鍾乳洞大国だそうで、他にもいくつか見事な鍾乳洞スポットがある。だが、このトロッコ写真を見てしまうと、テンション上げに行くならここしかないという気分になる。プロポーズだし!

ポストイナを要に、旅程を組むことに決まった。

となると、行き方である。ポストイナ鍾乳洞は、スロヴェニアの首都(リュブリャナ)からバスで1時間のところにある。しかしリュブリャナへは当然日本からの直行便はない。経由便はあるが、条件3を考えあわせると、リュブリャナ往復便を取るのではなく、近隣の欧州大都市経由を考えるべきだろう。

絵が苦手なので縮尺もすべて雑です。

パターンとしては、次のいずれかになる(移動時間を考慮すると、宿泊都市はおのずと決まる)。

・都市A【泊】→リュブリャナ→ポストイナ→リュブリャナ【泊】→都市A(or都市B)→帰国

・都市A【泊】→ポストイナ→リュブリャナ【泊】→都市B→帰国

理想は後者。一筆書きのように無駄がない行程だ。

そのためには、ポストイナへ交通至便の「都市A」を見つける必要がある。

思いつく限りの(ヨーロッパっぽい)都市名を挙げ、地元のバスや電車の路線をつぶさに当たった。

良さそうな路線があっても、便数がなかったり、時間帯が噛み合わないと却下だ。なにせ2泊で4箇所巡ろうというのである。都市AやBの滞在時間が30分とかいうのもあほらしいし、各都市それなりに「訪れた」といえる程度の時間を確保しつつ、移動をつなぐ。テトリスのように行程を検討した結果、ついに都市Aを見つけた。

ヴェネツィア。

まさに「ヨーロッパっぽいベタな都市」である!

ヴェネツィア→ポストイナの経路を見つけたときが、この日一番の興奮だった。

アラブ経由で、東京→ヴェネツィアのちょうどよさそうな国際便もあるようだった。

東京(→アラブ)→ヴェネツィア→ポストイナ までは決まった。となるとあとは、最大限現地に滞在できつつも期限内に戻ってこれる帰国便を探せばよい。行きの航空会社と同じところを使う必要があるので、選択肢は限られる。果たして、ウィーンからの帰国便が見つかった。

ウィーンにも立ち寄れるなら(これまたヨーロッパっぽい都市だし)完璧ではないか!

旅程がほぼ見えてきた。

東京→ヴェネツィア(泊)→ポストイナ→リュブリャナ(泊)→ウィーン→東京

あとは各都市間の交通手段を今一度調べて、時間に無理がないかを再検証する。幸い、鍾乳洞では充分に見学する時間も取れそうだった。

とはいえ、地図を見ていただくと分かる通り、各都市は結構距離がある。

ヴェネツィアもリュブリャナも、朝6時くらいに起きて電車やバスに乗らねばならない。まったく落ち着きのない旅行である。プロポーズの余韻に浸る暇もないだろうに、良いのだろうか。

……とは思ったが、他にもチェコやらクロアチアやら、近隣諸国を仲介できないかは検討したし、ヨーロッパ内のLCCを使ってもうちょっとうまく時間が組めないかも考えたが、これ以上良い旅程は出てこなかった。

乾杯!

かくして旅行は決行され、プロポーズは(詳しいことは聞いていないがおそらく)成功し、時を置いて、無事ふたりは入籍となったのだった。

・ ・ ・

今思い返しても、やはりあれ以上に良い旅程はなかったと自策自賛したい。

「あなたの旅行計画立てます!多少の無理も大丈夫!」とタイムチケットとかで売り出せば、軽いアルバイトになるんじゃないか……なんて冗談を考えたりする。

ちなみに、「組み込まざるをえない」という消極的判断で経路に入れたリュブリャナは、K曰く非常に素敵な街だったらしい。個人計画旅行って、こういう思いがけない発見があるから良いよね。

おかげさまで、私はもはやスロヴェニアには行った気分である。

・ ・ ・

にしても、あのとき行っておいて良かったね、と思う。間もなく世界はコロナ禍に席巻され、いまや洞窟どころではない。私も2019年、たまたま家族とクロアチア(スロヴェニアの隣国だ)を旅行したのだが、海外はそれきりになってしまった。

それでもいつかまた無茶な日程を組んで、日程組むことからすでに「始まってる」ような、そんな旅に出られる日がきたらいいなと思う。

ともあれ、いろんなことがありましたが、結婚ほんとにおめでとう。

藻(mo)

藻(mo)

フィクションの好きな会社員。酒と小説と美術館、散歩、そのために旅行する。1991年早生まれ。

Reviewed by
坂中 茱萸

旅行は準備している時がいちばん楽しいなどとよく言います。
藻さんのGoogleマップを使った弾丸ツアー企画提案も、この無理難題を考えている時間がものすごく楽しいものだったんだろうなあと、読みながらこちらもわくわくしました。

少し話は逸れますが、「ジョジョの奇妙な冒険」という漫画の有名やセリフに、「「ブッ殺す」と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!」というものがあります。きっと、やろうと思う時点で既に決意は決まっていて、後押ししてくれる存在が欲しいのだとよく思います。(このセリフのニュアンスはやや異なりますが)

一見すると実現不可能な課題に対して、いいじゃんやろうよ、と言ってくれる人は素敵な存在です。ご友人Kさんと藻さんはお互いにとってそういう関係なのでしょう。なんだか、そういう損得なしの関係性はすごく愛情深く、貴重で尊いものだとふと思いました。

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