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3F/長期滞在者&more

振り返りの機会 (ジンギャザ)

長期滞在者

今年もあと1週間で終わるが、先日これまでアパートメントで書いてきたこれまでの記事を振り返る機会があった。

TOKYO ZINESTER GATHERING(通称ジンギャザ)というZINEのフリマイベントに遊びに行く当日の朝。

何も持たずに行くと、アウェーな感じになってしまうんかなと、自分も何か持参しようと前々から企んでいた。

持参するZINEには、アパートメントで執筆してきた記事からいくつかピックアップして収めようと決めていたが、引っ越し準備など言い訳を積み立てて先延ばしにし、結局当日の朝、家の近くのガストでZINEを作り始めた。

セブンイレブンのコピー機を使えば、小冊子設定ですぐにZINE作れる便利な時代。
いざ作り始めてみると、「あぁ表紙と裏表紙含めて4の倍数のページ数にする必要あるんや」、「普通のホッチキスは使えへんやん(“ホッチくる”が必需品)」など、少し考えたら当たり前に分かるようなことを痛感する。

肝心のZINEに収める”中身”は、「タリンバビ(Taring Babi)訪問」の記事を軸に考えていた。

というのも、私にとってTaring Babiで過ごした1日が2019年の最も濃い時間であったし、またジンギャザの出展者/遊びに来る人とTaring Babiの親和性も高いと思えたので、迷うことなくメインテーマとした。

そこに遊び心を付け足そうと、Taring Babiとは真逆のような記事を入れたら面白いのではと思い、「のりちゃん(はしだのりひこ)」の記事を入れることにした。

2つの記事を入れたところで、総ページ数を4の倍数にするには2ページほど余りのページが発生したので、個人的に自分の挨拶代わりと思っている「公園」というアパートメント初回の記事を載せた。

そしてZINEの表紙は、今回のメインテーマとなるTaring Babiと関係しつつユーモア溢れるものにしたいなぁと思っていたが、1つとっておきのものが思い浮かんだ。

Taring Babiを運営するMarjinalと同じパンクのカテゴリーに入るBad Brainsのライブの写真で、”ニンゲンってこんな姿勢で宙を舞えるんや”と見る度、個人的に毎回ツボに入るこの写真。

bad brains

(余談だが、フィルムを現像していて、この写真が出てきた瞬間のカメラマンの顔を覗いてみたい。”トンでもない”写真が撮れたと呆気に取られてるはず)

この写真をベースに表紙を作っていった。

そしてWordファイルをPDFにし、セブンイレブンのネットプリントにデータ飛ばして、ホッチくるで止めて、すぐに完成。

どのくらいの量を持参すればよいか見当がつかず、とりあえず10部刷って会場へ向かった。

ZINE

ジンギャザの会場はノイズのイベントなどがよく行われるライブハウスで、コンクリートむき出しの、無機質な雰囲気が個人的に好きだった。

フロアは2つあり、下のフロアは出展料を支払った(といってもジンギャザ特製の布を買い、その布を広げたスペースを自由に使えるというシステム)方たちが、ZINEや小物を販売している。

このフロアは個人ではなく、ショップやグループによる出展が多かった。デモで揺れている香港のグループも出展していた。

新宿にあるIRREGULAR RHYTHM ASYLUM(IRA)もこのスペースに出展していた。前から買おうと思っていたSLINGSHOTの手帳を売っていたので、即座に購入。IRA店主の成田さんに自作のZINEを渡す。

と、版画のパッチを売っていた別の出展者を紹介頂き、ZINEとパッチを交換する。デザインに惹かれた。

一方、上のフロアは網に紐やクリップでZINEの見本を吊り下げた展示方法で、気になったものがあれば(尚且つ、作者がそのフロアにいることが発見できれば)、購入&交換できる仕組み。

そして、その隣にあるテーブルでは、無料配布用のZINEが山積みにされていた。私もこのテーブルに、作ったZINEを5部置いておいた。

結局、無料配布のZINEや購入したZINE、物々交換したZINEを含むと25部ほどのZINEを持って帰る。

あえて帰りの電車で読むことはせず、家の机に持ち帰って来たZINEをすべて広げてみた。

どことなく、その日に読んでしまうのがもったいない気がして、1週間ほど寝かしてから読むことにした。そして、結局寝かしていたこと自体を忘れ始めた頃、ZINEを一気に読んだ。

結論としては、とても素晴らしい作品に巡り合えたと同時に、ウ、ウーンと思ってしまう作品も多かった。

何を表現してもいいのがZINEだろうし、気軽に作れてハードルが低いのがZINEだし、まず何より形にしようというのがZINEの醍醐味であろうが、それを理解した上でもウ、ウーンと思ってしまったのはおそらく私の貧乏性から来るんやろうなと思った。

ただでさえページ数の少ないZINEだが、余りに文字のボリュームが少ないものが多かったからだ。多少の読み応えも欲しいなと切に思った。

もともと、余白の多い本にどこか軽さを感じてしまい、(アフォリズムが散りばめられた本など、、)それだけでのめり込めない性分なのもあり、ウ、ウーンと思ってしまう。

また、いくつかのデザインに凝り過ぎたものについては、飾れない飾りのように思えるものも多かった。

こんなに色々持って帰ったのに、どうしたもんかなぁと思っていたが、少し日を置いて改めて眺めてみると、別の考えが浮かんできた。

こう色んなZINEを一度に持ち帰って並べながら読んだからこそ、先に挙げた素晴らしいZINEがより素晴らしく際立って感じるんかなぁ。

ただ単に特定のZINEを目当てにイベントに行き、そのZINEのみを買って、帰りの電車で読んで味わう感動よりも、それを上回る感動を得ることが出来たんかな。

そう考えると、こうした一連の流れすべて含めて、ZINEというものなのかと思えてきた。

とはいえ、やはり一番気になったのは自分が配布したZINEの行方だ。テーブルに置いた5部の中から持ち帰ってくださった方の1人が、SNSでZINEの感想を書いてくれており、(結局自分事が一番感情を揺さぶってますが)それだけで死ぬほど嬉しい気分になった。

DSC_2922

今月は引っ越しで住居が変わり、久々に畳のある部屋で寝ることになり、毎日熱海辺りの旅館に泊まってるような気がして新鮮な心持ちになっている。そやけど、来月になったら何の新鮮さも無くなってしまってるやろうなと思う今日この頃。

あと数日で年内の仕事も終わり、実家のある神戸に帰省するが、帰省途中に中上健次の生まれ故郷で幾つもの作品の舞台になっている和歌山県新宮に立ち寄る予定。年明けの次回記事では新宮を巡った記録を記そうと思っております。
(と書いておけば、心変わりすることなく新宮にちゃんと行くことになるので)

キタムラ レオナ

キタムラ レオナ

1988年兵庫生まれ

Reviewed by
小峰 隆寛

取り上げられたZINEの文化を、私は知らなかった。レオナさんは、いつも私が知らないことを教えてくれる。そしていつも知らない話の中で、彼は傍観者ではなく、例えそれが小さくとも、当事者だ。ZINEを巡るレオナさんの疑問、気付き、そこまで来てるのに、ふとジャンプして次の物事へ移るだろう軽さが、彼らしいと思える。ZINEは人を自由にさせる力があるのかもしれない。

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