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3F/長期滞在者&more

いい感じにもっていく

長期滞在者

今月の頭、社内で数少ない同い齢のTから「今月で会社を辞めることに決めたよ!休職の際は、色々アドバイスありがとう」と連絡が来た。

チームが違ったのに加え、もともとリモートワークが可能な会社であったために私が気付いたのはしばらく経ってからであったが、Tは年明けから出社する日数が減っていた。休みがちになっていたことを知った夜に連絡してみると、「社内にいるとドッと疲れが出てきてしまうが、それ以外の生活ではめっちゃ元気!」と明るい様子の返事が来て、一度晩飯を食べながら近況を話すことになった。

それから2週間後、タイ料理屋さんでTと話をした。もともと自宅での仕事が認められているといはいえ、Tのチームは出社して業務を行う必要が少なからずあり、チームのメンバーがみな出社している中、自分だけ家で仕事をすることに後ろめたさを感じていたよう。久しぶりに出社すると普段より疲れが溜まりやすく、またこのままズルズルと自宅作業の日々が続けることは避けたい思いで、一度休職しようかなと考えているとのことだった。

帰り際、「周りに休職した経験がある人がいなくて、具体的な話を聞けてよかった」と言われたが、この言葉を聞いて「過去に休職した経験があってよかった」と改めて思った。

私が休職したのは、アパートメントで初めての記事を書く半年前のことなので、もう5年も前だ。

新卒で入った会社に勤めて1年が過ぎようとする頃に休職し、そこから半年の間、何度か復職を果たしたものの、結局本調子の日々が長続きすること無く、退職した。

「いま会社休んでるねん」という一言を発すると相手が気を遣ってしまい楽しい雰囲気にならないだろうと考え、 休職している間は本当に限られた友人としか会わず、また実家にも帰らず、ただただ家にいるという日々を続けていた。

家にいる日々が続く中、「この先40年近くの社会人生活を考えれば、社会人1年目でのつまずきなど屁の河童では」と思い立ち、思い切って親友が当時暮らしていた、フィリピンのダバオからバスで数時間の場所にある海沿いの小さな村まで出かけて行ったこともあった。

休職期間中に、”何かにすがろう”としたのはこのフィリピンへの旅だけであった。結果的に村での滞在は一生忘れないものになったが、帰国し自分の部屋に再び落ち着くと、すぐに以前と同様の倦怠感に包まれた生活に戻ってしまった。

こうした倦怠感の続く生活の中、少しは楽しい時間を過ごしても罰が当たらないだろうと、たまに近所の立ち呑み屋に出かけることもあった。立ち呑み屋の密な空間で生まれる会話の中で、自身が休職中であることを話すと場がシラケる気がして、自分の素性をボヤかしてみると、その店にいる時間だけとても楽な気持ちになれた。「兄ちゃん、知ってるか?出世する男かそうでないかはアソコの大きさで決まるんや!」と他愛もないが言い得て妙かもしれない会話をおっちゃん達としているときが、当時の生活の中で最もハートウォーミングな時間の流れであった。

今となっては笑えるくらいの非常に些細なことに対して当時は必死であがいていたことを思い出すと、精神的にヘビー&ハードな期間で二度と経験したくないと改めて思う一方、学んだこともあった。

それは、「なんとなくいい感じにもっていく」ことの大事さだ。

休職中は、将来への不安、周囲から取り残される焦燥感、傷病手当金の支給の遅さによる資金繰りの悩みなどなど、いくつもの不安材料が常に心に圧し掛かる。一方で、時間は大量にある。だからこそ、否が応でもこうした不安材料について考えてしまい、何もしていないはずなのに倦怠感が強い状態が続く。

こうした状態から一刻も早く逃れようと、多くの休職経験者は書籍やブログ等で 心を安定させる方法などの情報を仕入れて、自分と向き合おうとしてきたのではないだろうか。私も何冊か読んだ。

私がたまたま手に取った何冊かの本にはどれも似たようなことが書かれており、「時間をかけて丁寧に自分自身を掘り下げることが心を平穏に保つ近道だ」というようなことであった。

しかし、こうした書籍で推奨されていた「自分の内面をとことん掘り下げて、それを見える化する」という行為は、結果的に私には合わなかった。

第一に、意図的に自分と向き合う時間を作るとはいえ、私の場合その日の気分や体調でまったく別物になってしまう。地質調査する際に、昨日は粘土質の土壌を採取したと思ったら、翌日は火山灰土を掘っているような。

次に、内面を言語化することが合わなかった。そもそも適当な言葉が出てこなかった。こういう言葉に近いかなと思っても、どこかで違和感が出てきてしまう。復職する際にはどうしても心療内科の医師の承認が必要になるため、医師が休職中の鍵を握ることは間違いなく、自分の状態を言語化しなければ治療は進まないが、結局私は休職を半年間経験しても最後まで自分の状態を適切に伝えられたようには思えなかった。

私としては、意図的に自分を見つめ直す時間を作るのではなく、普段生活している中でふと頭に上るもの、それをメモし続けることの方が大事であったように思う。

無理に掘り起こさなくても、いつの間にか頭に浮かび上がってくるようなものこそ、まさに自分の中にこれまで蓄積されているものではないかと。私の場合、休職していたときにつけていたメモ帳には”東南アジアと関わる”というメモが異なる日付で最も多く残されていたが、それに従う形で再び社会人生活を送り始めたところ、今もそれに沿った仕事を続けられている。

 

今月で、社会人生活をリスタートして5年目に突入した。何度か危うい場面もあったが、休職していた時の経験を活かすことでやり過ごすことができている。いい感じの状態をキープするために、何事にも少し余力を残す生活スタイルに切り変えた。「なんか笑う時に少し頬が引きつるなぁ~」と感じる日は、友人からの誘いを泣く泣く断ったりしながら生活してきた。

とはいえ、朝起きて「こりゃあかんかも。。」と思う日は今もあり、そうした時には自分の中に誰かの仕草を取り入れて1日を送っている。その誰かというのは、多くは今もよく呑みに行くような身近な友達だが、遠い記憶を遡り中学高校時代に一緒にバカなことをやっていたような友人の仕草を使うこともある。

そういう風に友人の”振舞い方”を借りて1日を過ごしていると、「こりゃあかんかも。。」という気持ちが薄れてきて、友人と過ごしている時のような明るい気分になる。また、仮にその日にうまくいかない出来事が起こっても「たしかにあいつ、人からそう思われるような癖あったからなぁ」と勝手に友人のせいにして、その日をやり過ごす。

逆に誰の仕草も借りていない日々が何ヶ月も続くと、(それはそれで順調な日々が続いていることに他ならないが、)気付かぬ間に変な疲れが溜まってないか、はたまた休職中の八方塞がりな日々を忘れて調子に乗って日々を過ごしていないかと思い返すようにしている。

生活リズムを無理やりコントロールさせることは自分の性格に合わないため、ジュワ~っと緩やかに生活の状態を右肩上がりにもっていけるなにかを今後も自分の中に増やしていきたい。

というような話なんかはできぬまま、Tは退職してしまったが、新たな出発が軌道に乗った頃に改めて話してみたいと思った。

キタムラ レオナ

キタムラ レオナ

1988年兵庫生まれ

Reviewed by
小峰 隆寛

社会に身を投げて生活をするのは、実はとても様々な軸が絡まって揺れ動きながらバランスを保っていると思う。いくらその人が'強く'たって、他の軸があまりにも傾けてくるなら、そのバランスは崩れるはずだ。だから、バランスを保つ方法が人それぞれに必要になる。無意識でやっている人もいる。仕事そのものがバランスの要である人もいるだろう。

本は確かに色んな知識をくれる。
実践して成功した人もいるだろう。
でも、レオナさんが書いていることが身に染みてわかる。

「内面を言語化することが合わなかった。そもそも適当な言葉が出てこなかった。こういう言葉に近いかなと思っても、どこかで違和感が出てきてしまう。」

私は思う。言語は完璧じゃなくって、心も完璧じゃない。その二つの掛け合わせて紡ぎ出された音としての言葉なんて、本当のところは無機質な何かでしかないのだ。
それでも、私たちにはそれしかないから、考えて、言葉にして、書いたり、喋ったり、感じたり、感じすぎたりしている。
れが今を生きる人間じゃあないか、と思う。

レオナさんの文章を読んで、そういった無理難題へと日々立ち向かっている人と、ついでに私自身に、あっぱれという気持ちになった。

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