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3F/長期滞在者&more

コーヒー

長期滞在者

年末年始は遠出もせず、特に大きな買い物もしなかったが、唯一1500円ほどのコーヒーポットを買った。これまではやかんを使ってコーヒーを淹れていたが、やかんは棚の下にしまい、キッチンのコンロには常にコーヒーポットが乗っているようになった。

朝起きて、コーヒーポットで湯を沸かし、冷凍庫からコーヒーの粉を取り出し、ドリッパーに付けたフィルターに1杯強の粉を落とし、「の」の字を描くように湯を1周させ、21秒おいてから、さらに注いでいく。

“朝のコーヒーに勝るものは無い”と、最近の日々の中で感じる。ときには、夜に布団に入る時から、もう翌朝のコーヒーを想像し胸を膨らませながら寝る。

寝ぼけ眼で熱く濃く苦いコーヒーを飲むと、身体の隅々まで生温かい血が巡っていく感覚になり、拳を握って力こぶを作りたくなる。

荷物を出来るだけ減らして山に登る時でも、コーヒーを淹れる道具を持っていく。それも、ゴミを持ち帰ることを引き換えに頂上で至福の時間を過ごすために、インスタントでなくドリップ用のコーヒーの粉を持っていく。

会社にも家で淹れたコーヒーを水筒に入れて持っていくこともあるが、大抵の場合、オフィスビルの1階に入っているファミリーマートのコーヒーを買って行く。ファミマのコーヒーは苦くほのかに甘くとても美味しい。

すっかりコンビニコーヒーの虜になってしまったが、ときには外でコーヒーを飲むこともある。特にチェーン店でも純喫茶でもこだわりはなく、濃いコーヒーを出してくれるところがよい。ただ、酒場を除いて人と向き合って会話をすることが苦手なので、誰かと一緒に喫茶店に入ることはこれまでほとんど無かった。コーヒーを飲みに行くときは一人で本を持っていくことが多い。

馴染みの店と呼べるほど、一つの店に集中してコーヒーを飲みに行ったことは無かったが、これまで最も多く足を運んだのは、池袋にあるドリームコーヒーというお店だ。

なぜよく足を運んでいたのかというと、単純に最も時間を持て余していた時期に比較的近所に住んでいたこともあるが、コーヒーが濃厚で美味しかったこと、また気負わずにいられる店内の雰囲気が気に入っていたから(コーヒーが一杯220円であったのも大きな魅力であったが)。

ドリームコーヒーに通っていた頃は、コーヒーを飲みながら数時間を店で過ごした。昼をまたぐ場合には、店内で玉子サンドを食べた。多分、日本で一番美味い玉子サンドだと思う。いつも「熱いから気を付けて」と言われて席に運ばれてくるが、本当に火傷するほど熱々だった。マヨネーズの加減もちょうどよく、ストレートコーヒーとの相性は無敵だった。

またお昼時には煙草を一服するために多くのサラリーマンがアイスコーヒー片手に煙草を吸いによくお店に来ていた。私は煙草を止めて久しかったが、サラリーマンの至福の顔を見ていたら少し心が揺れることもあった。

お店ではコーヒーの提供だけでなく豆の販売もやっていたため、近所に住む人達がよく豆を購入しに来ていたが、お客さんと店員との豆のやり取りが私の席まで聞こえてくると、とても心が和らいだ。

ドリームコーヒーによく足を運んでいたのは、ちょうど私が休職していた時期であり、生活の焦りを紛らわせるためにお店で200枚ほどの原稿を書き上げたが、結局どこにも出さずじまいになってしまっている。

ドリームコーヒーを除くと、東京にいるときよりも、帰省している間の方が喫茶店に行く機会が多かった。

夜に東京から関西方面に向かうバスに乗って、早朝に梅田モータープール前で降りて、JR大阪駅と阪急梅田駅の間にある山本珈琲に行く。お店は線路の下にあるため、電車が通るたびに店内が少し揺れる。その時の音と揺れがまた心地よい。

寝ぼけ眼の中、眠気覚ましの熱く濃い一杯とトーストを齧りながら、店内に置いてある新聞を手に取る。仕事とは一呼吸おきたいからか、はたまた大阪という街がそうさせるのか、なぜかいつもここではスポーツ新聞が読みたくなる。

徐々にお客さんも増えてきて、常連のおっちゃん達の会話が聞こえてくる。読み終えた新聞をテーブルにおいたまま、文庫本を読んでいたら「兄ちゃん、これ借りてええか?」と机の上のスポーツ新聞をおっちゃんが取っていく。バスに何時間揺られても関西に辿り着いたという実感が湧かないが、おっちゃんの関西弁を聞くと一瞬で”地元に戻ってきた”という気持ちになる。

実家の近くにも、とても長居したくなるような喫茶店がある。春秋というその店は、落ち着いた雰囲気はあるものの格式張り過ぎず、絶妙な居心地のよさだ。モーニングセットのサンドイッチが好みの味で、サンドイッチとポットに入ったコーヒーのセットをいつも注文する。サンドイッチを食べながらコーヒーを飲み、その後本をゆっくり読みながら、ポットに残っている1杯分のコーヒーをカップに注ぎこむのが贅沢な朝の過ごし方。そしてカップの半分まで飲んだところで砂糖とミルクを少し加えてまろやかなコーヒーにして、お腹を甘い気分にしたまま店を出る。朝起きてからほとんど会話をしていないのに、なぜか1日分の会話をしたような満ち足りた気分になるそんなお店だ。

その春秋から歩いて3分ほど、阪急岡本駅の駅前にユニークという喫茶店がある。中学と高校に通っている間はいつもこの駅を使っていたので、平日は毎日ユニークの前を通っていたが、一度も店内に入ったことが無かった。一人で喫茶店に入るような大人びた高校生でもなかったし、友人と遊ぶときに”お茶をする”という選択肢が無かったため、友達と喫茶店に入ることも無かった。そもそもコーヒーの味も分からなかった。

それが今では年に何回かユニークに通うようになったのは、地元の友人達と会うためだ。帰省したときによく会う友人の一人はライブ活動をしており、また別の友人はタコ焼き屋を継いでいるため、なかなか夜に揃って飲みに行けない。

というわけで、定期的にユニークで友人達とモーニングをするようになった。先述の通り喫茶店で会話をすることは苦手であったが、相手が古くからの友人であるためか、場所が地元であるためか、もしくは店内に客がそう多くないためか、居心地の悪さを感じることなく楽しい時間を過ごせた。

「明日の朝モーニングいける?OKやったら10時待ち合わせにしよや」という感じでグループLINEで連絡を取り合い、モーニングの約束をする。待ち合わせに私が最も早く店に着いているときもあったが、ユニークにいたらまったく飽きない。というのも2階の窓から駅の改札が見えるので、ずっと人間観察をしていられる。モーニング中に「あれ、レオパのおかんちゃうん?」と言われて窓の外を見ると、おかんが足早に改札に向かっていたこともあった。仕事に向かっていたのであろう。

ユニークに2時間ほどいた後、昼頃にいつも解散する。帰り際にみなでラーメンを食って帰ることもある。「そういえば、学生の頃ユニークのバイトの面接受けたけど落ちてもたわ」などいつも昔話に夢中になっているせいか、いつまで経ってもこの店のコーヒーの味は覚えられない。

今度は一人で行ってみようか。いや、やっぱり友人と話しながら飲むのがよいか。長い間行けていないが、今年の終わりにはユニークで友人とコーヒーを飲み交わせるような世の中になっていたらと思う。

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