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3F/長期滞在者&more

大道芸人

長期滞在者

友部正人に大道芸人という唄がある。

(耳で聞こえた通り書いており、一部表記違う可能性あり)

『大道芸人は路上を目指す。

けして舞台になど上がらない

炎天下だって氷点下だって

衣装はいつだっておんなじだ

赤い着物で踊り狂えば

世界中の車が交差点でブレーキを踏む

飛行機に乗ってパリにまで行く

だけどオリンピア劇場に出るわけじゃない

名前も分からない街かどに

自分の劇場を立てるのだ

大道芸人の天使の言葉は

世界中で使える共通語なのさ』

この唄で唄われているような大道芸人に熊本で遭遇した。

もともと熊本を訪れる予定はなかったのだが、木、金と佐賀県に出張していたため、翌日の土曜日を使って一度訪れてみたかった熊本へ向かった。

ちょうどバスが停車した目の前の鶴屋という百貨店のコインロッカーにパソコンやスーツ等出張の荷物を詰め込み、手ぶらになって歩く。急に休日という気分になる。

せっかくなのでと、西日本のサウナの聖地湯らっくすを訪れる。目抜き通りを白川沿いに歩いていき、途中左折しひたすらまっすぐ歩く。小一時間歩いているとついに湯らっくすが見えてきた。

外観から”要塞”という雰囲気が漂い、リラックスしに行くはずなのだが、とても緊張しながら中に入る。関東だとロッカーには100円玉を入れて鍵を閉めるパターンがほとんどだがここは10円玉が必要だったようで、初めそれに気づかずロッカーの開け閉めに手こずる。

焦りながら中に入ると、まるでそこは大人の遊園地のように大の大人が水風呂ではしゃぎ回り、地獄絵図にも天国にも思える場所であった(結局この日の夜、再び湯らっくすを訪れ1泊することに)。

湯らっくすを後にし、熊本城まで歩く。昼寝がしたくなり、熊本城公園の広場で寝る。春の暖かさを纏った風に吹かれながら広場でウトウトしていると、光合成でもしているかのように身体に生気が蘇ってくる。

芝生から起き上がり、熊本城壁を見て、熊本地震の大きさを痛感するとともに、熊本城の大きさと市街地との近さを足で体験し、熊本の人達にとっての熊本城の存在の大きさを想像する。

日が暮れる前に行きたかった店を回ろうと思ったところ、スマホの調子が悪くなり、GoogleMapを開くことが出来ず、通りをてきとうに歩く。行きたかった古本屋とレコード屋がちゃんと見つかり、1枚だけ持ち運びしやすいシングル盤を買った。

その後、アーケードのある大通りに出て長崎書店という本屋に入った。

店内は決して広いわけでは無いが、熊本に縁のある作家を中心とした棚や専門書の品揃えがとても素晴らしくずっと長居したくなるような空間であった。奥には展示スペースがあり、豊田有希という方の写真が展示されていた。てっきり何十年も前に撮られた写真かと思い日付を見るとつい数年前に撮られたものであった。あまりに自然にタイムトリップしたような気分になった。

長崎書店を後にし、ちょうど日が暮れる頃、アーケードの中央で大道芸人のショーが始まっていた。

その日は朝から夜まで一日中アーケード内でショーが行われている日のようで、昼には風船ショーの芸人の前に子どもたちとお父さんお母さんが大勢集っていたが、私が出くわしたショーのステージ前には片手で数えられるほどの子どもしかいなかった。

大道芸というとピエロのような派手の印象を持っていたのだが、この大道芸人はその点では”地味”であった。 アトラクションのように色んな技を矢継ぎ早に披露していくのではなく、ゆっくりとしたリズムとそれに呼応して蓄積するものがあった。デヴィッドリンチのストレイトストーリーを観ているような感覚だった。地味であったがゆえに私はずっと見続けていたくなった。

子どもでは無く親御さんの方が飽きてしまったのだろうか、それとも単に次の用事があったのだろうか。ステージ前で見ていた2人の子どもが、お母さんに連れられて帰ってしまった。

ショーの終盤、ボロボロになった様々な小道具を積み上げていき、木を創り上げていた。大道芸人の衣装も木に合わせた色で、一体となって大きなカラーを生み出していた。

突然曲が変わってショーは一区切りとなり、最後は木を解体しながら、アンコール代わりに小さなネタを繰り広げて、ショーは終わった。終わった瞬間、最後までショーを眺めていた数人の人達と心の底から乾杯したい気分になった。

大道芸人が何も操作していないのに曲が突如変わったところでようやく気付いたが、ショーの間、ラジカセのスイッチはオンになったままノンストップで流れ続けており、大道芸人は常に曲と芸のリズムを合わせることを意識し続けているのだ。アドリブでやっているように思えるお客さんとのやり取りも、曲の時間を逆算しながらも余裕のある顔でやっているんだということに気付いた。

私が熊本で出くわした大道芸はスカッと大爆笑する芸ではなかったが、チャップリンのようにユーモアの翳にどこか哀愁が漂うような心がじわじわと温かくなるようなものだった。もともとそのような狙いのもと作り出されているのか、自然とそうなっているのかは最後まで分からなかったし、分からないままの方がいいと思った。

もしかしたら東京のアーケードで出くわしていたら立ち止まっていなかったかもしれない。予定もなく一人で熊本のアーケードを歩いていたからこそ、アパートメントに残しておきたいと思えるような大道芸人に会えたのかもしれない。こうした偶然出会えたものをこれからも残していきたい。

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