7月と8月の週末は至る所でお祭りが開かれていることに気づき、ネットで初めて存在を知った祭りを含めて、色んな祭りに足を運んだ。

とある週末は同日に埼玉県内の祭りを3つはしごした。
何代にも渡って受け継がれ、新たにその地域に住む人たちがその輪に加わり、内側から祭りを作り上げるすばらしさ。
圧倒されるような、それを実現できる地域の繋がりを羨むような、何かが起こりそうなハレの夜に誘惑されるような。
観光客たちが沿道でビールとフードを片手に演者の踊りを眺める傍ら、店の中で仲間内で飲み交わし祭りの様子はテレビ中継で見る地元の人たち。
商店街の飲食店は祭りを目当てにやってくる人たち向けのドリンクやフードの提供でてんやわんやになっている一方、同じ商店街に位置する不動産屋は店舗の中で社員や地元の人たち(地主さんだろうか)で集まって乾杯していた。
普段、目に留めるとめることも少ないが、街に不動産屋ってこんなにあったんだと気づく。
アパートやマンションのベランダから祭りを眺めている人たちを逆に下から眺めるのも好きだ。
私も昨年小田原で知り合ったカフェの店主に誘われて神輿を担ぐ誘いを受けて、事前の顔合わせの食事会にも行ったが、ちょうど祭りの直前にコロナなのか風邪なのかにやられてしまい、参加できなかった。
これまで日本の催事、伝統的な文化にはまったく興味が無く、唯一河内音頭などの音楽だけはときどき聞くくらいだった。
日本では目も向けないくせに、海外に行けば、初めて訪れた地で仏教、イスラム教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の施設を訪問してその地の伝統的なしきたりについて限られた滞在期間の必死に学ぼうとしていた。
当時、ゲストハウスで他国の旅人と会って話をし、日本の伝統行事について尋ねられてもなかなか答えられなかった。
生まれた地域や家柄によって、地域の伝統行事に参加することが当たり前の人たちも多くいるのだろうが、自分はそうではなかった。
この年になって、改めて国内のあれやこれやに興味を持つのは自然な流れだったのかもしれない。

先日、仕事で繋がりのある方とご飯に行く機会があり、話をしていると、途中でとある党の魅力を熱弁された。
「あ、そっち系の人やったんかい」と咄嗟に思ったが、日本の原風景を守りたいというその方の想い自体には完全に同感だ。それがそのままその党にはつながらないが。
アパートメントに投稿を始めた頃は、選挙の時期にも外国人の問題が大きくクローズアップすることもなかったので、この10年ほどで色々変わったのは間違いないと思う。
「こうした問題は、徐々に問題が大きくなって、気づいたら手遅れになる」と説く人がいても100%否定することはできない。
土地の無秩序な開発、公共の場での許されない振る舞いなど、その人が置かれた環境によっては、(たまたま外国人が関わっていただけかもしれないが)容認できないことがあり、それを機にその人の中で寛容性が無くなることもあるのだろう。
そういう危機感を煽るその先に票が集まる背景も分らんでもない。
自分自身につていは、学生の頃とは180度考えが変わることはないだろうが、10-20度ばかりは変化する可能性があると思い始めている自分もいる。
ただ、今も昔も、自分自身に対して「おいおい、大丈夫か」と思うことが多くそれで精一杯で、なかなか社会や外側に対して怒りにも似た想いを感じる余裕が無い。
今年のお盆は、神戸と大阪に挟まれた街を歩いた。
その街はJR沿線から阪神沿線まで30分ほど離れていたのだが、ちょうどその中間にあった長屋が密集していた路地を歩いてると、まさにお盆の風景だと感じたが、ただ伝統的な建造物を見て懐かしさを覚えただけかもしれない。

お盆の翌日は昨年も参加した豊田市で開かれる橋の下大盆踊りに今年も参加した。
中央アジア・トゥバ共和国から参加するホーメイを奏でるアーティスト、韓国の民族音楽を鳴らすバンドなど、音楽を中心として様々な国や文化が混ざり合っている。
国の中よりも音楽の繋がりの方が強いのは当たり前だが、それにしても素晴らしい空間だった。
そして、会場が一体となる盆踊りでは、様々な音頭、各々のステップが渦巻いている。
どういう世の中になっても、「腰を落とし重心を低く、けども動きは軽やかに」という姿勢は、生活の中でも常に持っていきたい。