長期滞在者
家を作ったら、その次は生活を作らねばならない。 ひとつひとつのことが当たり前で、時に退屈に、時に尊く感じられる。 何十年も経った時にこの日々を振り返ったら、きっと温かな記憶として取り出されるだろう。 キラキラと輝くのではなく、ステンドグラスのように柔らかい光を呼び起こさせてくれるはずだ。 だから私はその輝きをひっそりと思い描きながら、生活している。 11月1日(木) 燻製のために網を100円ショッ…
長期滞在者
わたしは服をつくるのが好きだ。事実、日常的に身につけているワンピースは、すべてミシンを踏んでつくったものだ。服をつくると、心底楽しいし、わくわくする。服をつくる前の工程も楽しい。何色の、どんな布で作るか、どんなアレンジをしようか、どんな風にしたらより似合うものになるのか、考えを巡らせることは、なんとも言えない幸福感を与えてくれる。 それに、自分自身の技術が少しずつ上達していくのがわかるし、自分にと…
長期滞在者
若い頃自分に期待していたようには、どうやら僕の感覚というのは鋭敏でも特殊でもなくて、きわめて凡庸なものであるということを悟った(ようやく最近 笑)のだが、きわめて普通の人間である僕が、写真みたいなものを撮る意味があるのだろうかと自問したときに、凡庸であるということは、実はけっこう写真にとって必要なものではないかと気づいたのである。 僕がキレッキレに鋭敏で奇矯で天才的な感覚の持ち主であったとして、そ…
長期滞在者
UNHCRの首席報道官のメリッサ・フレミングが来日した。 彼女はこれまでTEDに出演し、 2014年に「ただ生き残るだけではなく、難民が豊かに生きる手助けを」、 2015年には「500人の難民を乗せた船が海に沈んだ―2人の生存者の物語」を語った。 2018年11月14日、彼女の話を直接聴くことができる機会に呼んで頂いた。 この時に話してくれたストーリーは、シリア難民の19歳の女性、ドーハの物語だっ…
長期滞在者
雨が降りだすときの感じが好きだ。さーっと空気がざわざわしたような気がして、ちょっと遅れて匂いがやってくる。夏には湿気の帯が、秋や冬には冷気のかたまりが、雨と一緒に現れる。傘を持っているときには地面を見下ろし、持っていないときには雲に覆われた空を見上げ、降ってきたか……ともう一度、自分に言い聞かせるように、思う。 なかでも特に、熱帯の森にスコールが降るときには、いつもうっとりしてしまう。早朝、調査小…
長期滞在者
若い頃、何が面白いのか分からなかった写真たちが、ずっと後になってその仕事のすごさに気付かされたりすることがあります。視覚的なエフェクトであるとか、芸術論か何かの引用や焼き直しのようなものではなく、ただその時々の出来事に居合わせるような写真に心が動きます。「表現する」という言葉の印象とはまるで正反対の感もありますが写真表現の真骨頂とは、みつめることを絶えず積み上げていくことだと、近頃強く思います。 …
長期滞在者
カレーを作るときに味見をしながらスパイスを足していくのと同じように、暮らしにも刺激を足すことができるはずだと思う。どんな類の刺激であっても良いわけはなく、それはやはりカレーのように意外性があり、思わず微笑むようなものであってほしい。 最近の私は暮らしにより強い刺激を求めるようになっている。そしてそれだけでなく、より安らかな時間も求めている。 10月1日(月) 絹江ちゃんがカレーを作っていた。良い匂…
長期滞在者
先週末のこと、ベルギーの西端にあるトゥルネーという町で、日本関連のイベントに参加していた友人から連絡があり、その翌日に企画されていた茶道のデモンストレーションをやる予定だった人が急にキャンセルしてきたので、その穴埋めを頼まれた。キャンセルしたその人はぼくの知人でもある茶人なのだけど、ぼくは茶道なんてちゃんと学んだこともないし、そういうちゃんとした人の穴埋めなんてできないと最初は丁重にお断りした。そ…
長期滞在者
良いエッセイは、読むと読者の中に著者の像がしっかりと立ち上がってくる。 寺尾紗穂さんの『彗星の孤独』も、そんな一冊だった。 寺尾紗穂『彗星の孤独』(スタンド・ブックス) 『彗星の孤独』は音楽家であり、文筆家でもある寺尾さんが身の回りのことを綴ったエッセイ集だ。書き下ろしもたくさんあるけれど、これまでに雑誌や新聞で発表されたものや、自身のオフィシャルブログから収録されたものもある。書かれた時期も媒体…
長期滞在者
先日、体調が悪くて横になっていたとき、何気なく、スマホでfacebookを開いてみた。普段頻繁にチェックしているわけでもないし、ましてや投稿することも滅多にない。少し邪かもしれないけれど、facebookは一方的に近況報告ができるし、細かな説明が省けるから、遠くブラジルに暮らす家族への近況報告に都合がいいのだった。特に、対話を避けたいわたしにとっては、ちょうどいい距離感を維持できる方法なのだ。 …
長期滞在者
秋という季節が苦手だ。 夏、それも焼けるように熱い夏が大好きなので、数ヶ月ぶりに長ズボンをはいたお盆過ぎの雨の日や、ふと、太陽の力が弱いなと感じる9月の終わり頃や、10月に入って、朝晩の冷気に長袖をひっぱりだしてくるときなんかに、ああ、今年の夏ももう終わってしまったか……と悲しい気分になってしまう。1ヶ月前はこの時刻でもまだ明るかったのに、と思い出して、暮れゆく灰色の陽を必死に目で追いながら、憂鬱…
長期滞在者
以前、このアパートメントに当番ノート第7期火曜日担当として書いていたときの文章に『摩擦係数 (μ) 』というのがあります。 皮膜一枚の内と外。 自分と世界を隔てるもののあやふやさ。 でも人はこの皮の中で生きて死んでいく。 物理的な意味でも、陳腐を承知で比喩的な意味でも、自分と世界の関わりはこの皮に生じる摩擦係数の物語である。 その摩擦を、親和を、振動を、温度変化を、痛覚を、愉楽を、違和感を。 それ…