長期滞在者
まだお日様が上ったばかりの朝早く、いつものように煙猫が私を起こしにやってくる。枕元でひとしきり鳴き、床を唸りながら反復し、また枕元で鳴く。時計を見るとあと2時間は床の中にいられるではないか。もう少し寝かせてください、お願いします、と布団をかぶる。ちょうどいい頃合いにまた起こしに来てくれるはず。そういつものように。それからどれくらいたっただろう、時計を見て一瞬で目が覚めた。針が指しているのは家を出…
長期滞在者
夢はただ一つ、暗闇の腐肉を食い開き、お互いの魂の光を見つけ続けることだけだ。 あなたがはじめて孤独を感じた瞬間はいつ?自分が本当は誰とも繋がっていないと、はじめて意識したのはいつ? 僕は7歳の頃でした。汚ない校舎裏の庭が、咲き出したリンゴの花で埋め尽くされていた。エデンのよう。木の下に座った僕が日が暮れるまで永遠と小さな白い花を見つめ、ぼーっとしていた。雪のような白い曼荼羅、真ん中に赤い花粉、乳房…
長期滞在者
少し前に、不思議な夢をみた。夢であるから、夢の中の事象が事実というわけではないのだけれど、それを信じたいという気持ちでいる。創世記、と聞くと真っ先に聖書を連想すると思うのだけれど、わたしが夢でみたのは、わたし自身の創世記であり、とある人物とのはじまりだった。 すべてのはじまりは、神々の園でのこと。はるか昔、わたしは木々が生い茂り、花々が眩しく咲き乱れる神々の園に住んでいた。ひとは神々と共存して…
長期滞在者
[撮影 : 2005-2007] ・・・・・・ 7〜9年前の写真のベタ焼き(ネガをそのまま全コマ印画紙に密着プリントしたインデックス)の束が出てきたので、久しぶりにしげしげ見ていた。 僕の写真で「面白さ」という尺度でいうならば、おそらくこの時期に撮ったものがピークなのだと思う。昔の自分の写真を見て「面白い」と思うのはなかなか複雑なものなのだけれど(写真にとって「面白い」とは何か、という肝心な定義は…
長期滞在者
3月26日 門下の試演会。試験とは違うのだし、たかだか1曲弾くだけだと思っても、緊張して落ち着かない。 弾き過ぎないように指を慣らしてから、支度をして家を出る。 途中、Gからのメッセージを受け取る。「N’oublie surtout pas de t’amuser(とりわけ、楽しむことを忘れないで)」 まるで側にいるみたいに、つめたくなっていた指先に暖かみが戻るのを感じ、す…
長期滞在者
写真展会場にいくと、時々会場内にファイルが置かれていることがある。グループ展などに行くと、出品メンバーそれぞれが立派なポートフォリオブックなどが、それぞれの壁の前にちょこんと置かれていることもある。 ファイルの中身は人によって考え方はあると思いますが、結構な確立で展示しなかった写真をファイルにまとめましたのでどうぞご覧下さい、という方がいます。展示しなかった作品というのは、すなわちボツということで…
長期滞在者
毎朝7時半から近所のプールで泳ぐのを日課にしているのだが、最近、疲れがたまってきたのか、泳ぐ事にすら集中できなくなっていて困っていたのだが、泳ぎながらふと思って「南無妙法蓮華経」をアタマの中でエンドレスループさせてみたら、結構テンポがキマってきて延々泳いでいられた。ちなみにぼくは日蓮宗の檀家でも創価学会員でもなんでもないのだが、般若心経の「ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてーはらそーぎゃーてーぼ…
長期滞在者
___もしも ふわふわと 毛のはえた 大きな どうぶつに であったら すぐに ちかづいては いけないよ/よくよく しらべて みるんだよ もしも そのどうぶつに ふとい前足があって そのさきに するどいつめが はえていたら/それから そいつに ぎらぎらひかる ふたつの目玉がついていて おまえをみつけて とびかかって こようとしたら/それが ねこと いうものよ ねこに であったら にげるがかちよ さも…
長期滞在者
ブラジルへの旅立ちは、わたしにとって未知の世界への旅立ちだった。知らずに育った故郷へ戻って、その国の文化や価値観、言語を一から学び直さないといけなかった。泣き崩れる父と成田で別れたとき、わたしは多分、Keikoとしてのわたしを日本に置いてきてしまったのだと思う。ブラジルに到着したとき、赤ん坊のように、ぽんと新しい世界に投げ出され、まるで裸の無防備で。わたしは、十五で再び、赤ん坊になった。あの26時…
長期滞在者
2013年4月4日 今年の春はSNSとかでたくさんの人の目を通した桜をたくさん見た。 私はどこにも見に行かなかった。唯一の花見も雨で潰れた。 あ、もちろん、何度も目には入ったけれどね。 なんだかそれでいいと思った。 誕生日がくると、そろそろ検査に行かないとって気づく。 桜が咲くと、ああ、そういえば検査に行かなきゃって思い出す。 GWがくると、これ終わったら検査行こう、って思う。 碧が輝きだすと、…
長期滞在者
南米のとある国で軍事政権に抗する民衆運動の先頭に立っていたフォルクローレ歌手が拘束され、他の群衆とともに運動競技場へ押し込められた。彼はそこでもギターを弾き歌を歌うことをやめなかったので、ギターを取り上げられ、二度と楽器を弾けないように両手を潰されたあと、銃殺された。 昔、南米の音楽を解説する本でこの事件のことをはじめて読んだとき、この両手を潰される、という描写に心臓が凍るような衝撃を受けた。どう…
長期滞在者
左のひと差し指を痛めた。 なぜそうなったのかさっぱり分からないのだが、ある朝目覚めるとすでに痛かった。 これでは弾けない、と思ったものの、思い当たるようなことをした覚えがないのだから大したことないだろう、と気づかないふりをしてみた。 いつのまにか痛みも消えるだろう、と。 でももちろん、そんなことにはならないのだった。 右のそれと比べれば明らかに赤みを帯びているし、少し腫れてもいるようだったので、湿…