長期滞在者
ブラジルへの旅立ちは、わたしにとって未知の世界への旅立ちだった。知らずに育った故郷へ戻って、その国の文化や価値観、言語を一から学び直さないといけなかった。泣き崩れる父と成田で別れたとき、わたしは多分、Keikoとしてのわたしを日本に置いてきてしまったのだと思う。ブラジルに到着したとき、赤ん坊のように、ぽんと新しい世界に投げ出され、まるで裸の無防備で。わたしは、十五で再び、赤ん坊になった。あの26時…
長期滞在者
2013年4月4日 今年の春はSNSとかでたくさんの人の目を通した桜をたくさん見た。 私はどこにも見に行かなかった。唯一の花見も雨で潰れた。 あ、もちろん、何度も目には入ったけれどね。 なんだかそれでいいと思った。 誕生日がくると、そろそろ検査に行かないとって気づく。 桜が咲くと、ああ、そういえば検査に行かなきゃって思い出す。 GWがくると、これ終わったら検査行こう、って思う。 碧が輝きだすと、…
長期滞在者
南米のとある国で軍事政権に抗する民衆運動の先頭に立っていたフォルクローレ歌手が拘束され、他の群衆とともに運動競技場へ押し込められた。彼はそこでもギターを弾き歌を歌うことをやめなかったので、ギターを取り上げられ、二度と楽器を弾けないように両手を潰されたあと、銃殺された。 昔、南米の音楽を解説する本でこの事件のことをはじめて読んだとき、この両手を潰される、という描写に心臓が凍るような衝撃を受けた。どう…
長期滞在者
左のひと差し指を痛めた。 なぜそうなったのかさっぱり分からないのだが、ある朝目覚めるとすでに痛かった。 これでは弾けない、と思ったものの、思い当たるようなことをした覚えがないのだから大したことないだろう、と気づかないふりをしてみた。 いつのまにか痛みも消えるだろう、と。 でももちろん、そんなことにはならないのだった。 右のそれと比べれば明らかに赤みを帯びているし、少し腫れてもいるようだったので、湿…
長期滞在者
赤坂・東京写真文化館の設立の頃、当初は、ウェストンとアダムスの作品だけを展示すれば良いギャラリーとして構想されていました。少し遅れてその話に加わったぼくとしては、それは面白くない、どうせやるなら、評価のガチガチに定まったものを扱うからこそ、評価の定まっていないものを紹介する場を設けるべきだ、ということで、25坪程の[STAGE]という貸し/企画のスペースを設けることが決まりました。海外の著名な作品…
長期滞在者
偏頭痛が続いている。しかも不調感が体に充満していてタバコを吸う気にならない。 日課の水泳も休んでいる。別に望んでいるわけではないのだけど引きこもり状態である。 どう考えても異常事態である。10日ほど前に酷い悪寒を伴った風邪をひいて、それがまだ治りきっていないらしい。頭痛薬もあまり役に立たないので明日は医者に看てもらおうと思う。 ということで、この2週間近くはもうほとんど寝たきりである。そして寝てる…
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___そのネコは足ふきの上にすわったのです。足ふきの上にすわるネコはたくさんいます。だれでもそれをしっていますね。べつにちっともふしぎなことではありません。ところが、ある足ふきの上に、あるネコがすわったら、ふしぎなことがおこったのです。(「足ふきの上にすわったネコ」より)___ 煙猫のお気に入りの1つが、濃い赤に幾何学模様、そのまま空を飛びそうな雰囲気の玄関マットで、妹曰く「上等のものだからネコの…
長期滞在者
小学校を卒業した春、家族とともに一週間ほどの里帰りをした。8年ぶりに会う母方の祖父や、いとこたち、おばたちは、まるで初対面の他人のようだった。だけど、彼らはきちんとわたしをおぼえていて、わたしたち姉弟の成長を喜んでくれているようだった。日本での暮らしぶりを知らない彼らは、当たり前のように、わたしをMaysaと呼んだ。不思議なことに、それまでわたしをKeikoと呼んでいた両親までもが、ブラジルではわ…
長期滞在者
はじめて海外で作品が売れたときのことを覚えている これはNYのアートフェアでカップルが買っていったって – – これはコロンビア大学の麻酔科医のところに – – – 意識してアウトラインをひかなくなった 輪郭なんて曖昧なものだから 私と世界が交流している限りは —- —– 増殖しては結びついて こと が…
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東北 I 県の T 知事にツイッターで無邪気な質問が飛んだ。 「知事は若い頃、聖子ちゃん派でした? それとも明菜ちゃん派?」 T 知事は答えた。 「戸川純派です」 読んだ瞬間、もう I 県に引っ越そうかと思ったね。 僕の住む H 県の知事は、大河ドラマ『平清盛』の濃度の乗った重厚な映像表現を見て「海が汚い」と文句を言った男だし、隣の O 府の(元)知事は文楽劇場なんか要らないと吐き捨てた輩である。…
長期滞在者
この題名を打ち込むときに「曇のち雨」が「曇のち飴」に変換されたのを見て、たとえ本当に飴が降ってきても曇り空からではあんまりわくわくしないだろうな、とぼんやりと思った。 パリの冬はグレーだ。 色というものがない。 今年は暖冬で雪も降らなければダウンジャケットさえ着る必要がないので、それだけが救いだ。 一年だけ住んだドイツの冬は暗くて寒くて、思い出しただけでも鬱々としてしまうくらいだったのだから。 寒…
長期滞在者
2月に入ると、ぼくの仕事場は卒業制作のための額装の仕事でフル稼働になる。この仕事は、応対の件数が多く、点数は少なく、大抵の人がプリントの完成がギリギリ、という感じで、ぼくもこの仕事を始めてもうすぐ20年になるけれど、昔も今も学生のやることはあまり変わらないなぁって思います。 額装をする時にまず一番最初にやることは、お預かりしたプリントの画面サイズを全て計測することです。画面は必ず縦横4四辺全部測り…