長期滞在者
沈黙が、ひとを繋ぐことがある。語らなくても、なにかが深く互いのこころに染み込んで、言葉にしなくても通じ合う。沈黙が放つ閃光は、あまりにも微かで、あまりにも儚い光だから、見逃してしまうことも多い。だけど、なにかの拍子に、他人同士が隣り合って、肩を並べて、互いの痛みを分かち合う、そんな深い関係になれもする。わたしが予備校生だったころ、そんな経験をした。 ヘジナウドは、カエターノ・ヴェローゾによ…
長期滞在者
いまのわたしには、足りないものがある。ことばも、気遣いも、なにも必要のない、まっしろになれる時間を、いつのまにかどこかに置き忘れてきたらしい。Guarulhosを離陸した瞬間、空からどこかの海に落っことしてしまったのかもしれない。いまは、その術さえおぼろげで、どうやってまっしろになっていたろう、って、そんなことしか考えられない。絡まり合った、真っ黒い糸の塊、ぐちゃぐちゃで、糸端がどこにあるのかわ…
長期滞在者
たくさんの人がここに話に来ていた。 旧盆の頃に誰と何を、と考える。 当たり前なんだけど、この海はここに住む人たちの海なんだという事。 魂とか心が由来する場所なんだと思う。 流されてしまった家の横に、新しい営みが繰り返されている。 はるえさんが折っていた折り紙の鶴を僕は胸ポケットに忍ばせて 帰り際に、この海に流してきた。
長期滞在者
どうしても今の自分を肯定できないときは、知人の結婚式に出席するのがいい。 それは何もかも肯定しようとする空気が満ち満ちている場所。 もしくは、知人のお葬式に参列するのがいい。 それはこの世に残されたものをすべからく肯定しようとする場所。 事実がどうであれ、喜びと悲しみという違いはあれ、どちらもしあわせの在るべきカタチをイメージする場所。 あまのじゃくだろうがひねくれていようが、結局なんとなく心動か…
長期滞在者
友人からの電話を受けて、改めて考えたことがある。ひとは、どれくらい痛みを共有できるのだろうか。自分が経験していないことの痛みを、どれくらい感じて、察してあげられるのだろうか。 わたしも、悩んでいる人に言ってしまうことがあるけれど、 だいじょうぶだよ、 泣かなくていいよ、 でも、よくよく考えたら、そんなこと、どの口が言えるんだろう。 大学時代、「あなたのこと、わたしは理解しているよ」という…
長期滞在者
サンパウロとカンピナスのちょうど中間くらいに、Jundiaíという街がある。ブラジルの中でも、人々の暮らしが豊かだと言われる街で、ユークリッドは、その街の中心街に住んでいた。 ユークリッドというのは、わたしの叔父のことだ。叔父、と言っても血がつながっているわけでもなく、親戚でもない。彼は、わたしの実の叔母の親友で、わたしにとっては実のおじたちよりも、ずっと身近で大切な人物だ。そのせいか、わたし…
長期滞在者
先日、カフェの開店準備をしていたときのことです。キッチンでの作業中、ふと顔をあげると、庭の木の周りを大きな蝶が飛びまわっているのが見えました。思わず、手が止まり、その蝶を眺めてしまいました。あたたかくなったのだなぁ、と息をついたとき、大きな渦に飲まれたような、ぐるんと目がまわるような感覚に襲われました。はぁ、っと息を深く吸いこむと、ぱっとまわりが明るくなった。気づけばそこは、わたしの生まれ故郷。…
長期滞在者
去年の8月、思いがけないことが起きた。 パスポートを更新するために、五反田にある在日ブラジル総領事館に行った時のことです。もちろん、そこはまぎれもなく日本なのだけれど、総領事館への階段を一歩一歩踏み出して行くうちに、どうやらここは異国の雰囲気。わたしには、なじみの空気感、だけれども、ピンと張りつめるような緊張感に襲われる。急に喉が渇く。 階段という入国審査をこえると、開け放たれた入り口の扉の…