夏、妻の実家の岡山に帰省すると、一日は鳥取の丈母の実家にまで足をのばす。途中、岡山県北の鏡野にある郷土料理の店に立ち寄るのが恒例になっている。風の通る座敷に座って、山里の風景を眺めながら昼食をとる。囲炉裏で焼かれた串刺しの山女、山菜の炊き合わせにカリリとした天ぷら、紅白のなます、そして発酵が進んで強烈に舌を縮ませる漬け物とごはん。三年間、変わることがない。
昨夏、ちょっとした事件があった。食事を終えてぶらぶらと車へ戻る途中のこと、頭の上にはまだ色の薄い赤トンボや小さな羽虫が飛び交っている。そこへひときわ大きな黒っぽい影が急スピードで突っ込んだと思うと、目の前でギュイと小さく弧を描いて視界から消えた。と同時に妻が悲鳴を上げた。岳父が目を丸くして笑っている。黒と黄の縞模様に、宝石のような緑色の目をした巨大なトンボが、朱いセミを鷲掴みにして妻の背中にぶら下がっていた。虫の苦手な妻は体を強張らせてじたばたするのだけれど、トンボは離れない。
私が写真を撮るのを、ヒグラシの頸に囓りついたままたっぷりと待って、トンボはようやく飛び去った。てっきりオニヤンマだと思っていたら、コオニヤンマだという指摘をTwitter上で次々と受けた。調べてみると確かにその通りで、よく似たものだからオニヤンマの近縁かと思いきや、科のレベルで異なる仲間らしい。特徴だという長い後脚で妻のワンピースにしっかりとしがみついたその写真を、改めて惚れ惚れと見た。