するとぼうっとした闇のなかから、だんだんおばけのかたちがうかんできました。いや、いるわいるわ、野原いっぱいに、手ばかりひょろんとながいばけもの、目ん玉がひとつのばけもの、からだじゅうが青光りしているのっぺらぼう、にわとりのようなばけもの、ぺたぺたとかたちのないおかしなばけものが、たあらん、たあらん、おどっているのです。
するとそのとき、ひとりのばけものがさけびました。
「茂吉のねこぁどうした。」
「まだ酒コもってこねか。」
するとどうっと風がふいて一ぴきのねこがとびこんできました。松谷みよ子さ作『茂吉のねこ』より
日本の民話です。
(あらすじ)
大酒飲みの茂吉は嫁の来手もないため、三毛猫を話し相手にしています。茂吉が酒屋に行くと身に覚えのない勘定がいくつもあるではありませんか。ちょうどその時、童子が現れ、茂吉のつけで酒を買っていくのを見かけます。茂吉が、童子を追いかけると、着いたところはばけものづくしの野原。赤い光や青い光がぺかぺかと光っています。この童子、実は茂吉の三毛猫で、化け物達に夜な夜な酒を運んでいるのでした。化け物達は茂吉に見つかったことを知ると、茂吉を殺すように猫にいいつけますが、猫は「おら、茂吉のこと、すきだもの」といってそれを拒みます。最後は茂吉の猟銃によって化け物たちは消え失せ、茂吉は三毛猫に、おまえはまだ化け猫になるには早いと諭すのでした。
文は松谷みよ子。民話を研究していた松谷ならではのリズミカルな文体が心地よく、すっと昔話の世界に入ることができます。静かに立ち上がる風景に、茂吉がばけものづくしの野原に入ってしまったあたりから背筋がすっと寒くなります。風が吹き火の玉が揺れ化け物踊るばけものづくしの野原を、茂吉と一緒にそっとのぞいてみてください。また、たくさんのばけものが出てきますが、得体のしれないものを作り出すのは、かなもけんの得意とするところ。引用した分と絵の中のばけものをぜひを照らし合わせてみてください。私は、ぺたぺたとかたちのないおかしなばけものなんて、想像できませんでした。
=^..^=出典:『茂吉のねこ』(松谷みよ子作/偕成社)より「茂吉のねこ」