4月/新生活とヤバい女の子

日本のヤバい女の子

■新生活とヤバい女の子
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■絵姿女房

一枚の絵があった。女の絵だ。少しはにかんで、目とくちびるの端に微笑をたたえた女。この絵は彼女の夫のために描かれた。うつくしい妻の姿に目を奪われたきり仕事が手につかない男のために、妻が描かせたのである。
結婚してからというもの24時間妻に見とれていた男は、絵を懐にしまい込みようやく畑仕事に出た。少し耕しては絵を眺め、少し耕しては眺めするものだからいっこうに進まない。そこへ突然強風が吹き、木にくくりつけてあった似顔絵を吹き飛ばしてしまう。慌てて追いかけるが届かない。
絵はひらひらと城下町の方へ泳いでいき城の庭へ着地した。どこからともなく降ってきた紙を拾ったお殿さまは、描かれた女性に一目で恋焦がれた。この美女を探して連れてこい、俺の嫁にするぞ。さっそく捜索隊が派遣され、目当ての女はすぐに見つかった。彼女は発見されるやいなや有無を言わさず連れて行かれてしまった。お殿様の命令である。逆らえば命はない。家を連れ出される前に、彼女は夫にこう言い残した。
「この桃の種を植えて、三年経ったら桃を売りに城に来て。」

突然最愛の伴侶を奪われた男は泣き暮らしながらも、言われた通りに桃を育てた。今度は休み休みではない。死にものぐるいで土を耕し、水を撒く。
3年が経ち、赤らめた頬のような果実がまるまると実った。男の家の周りには甘い香りが漂っている。彼はかごにたくさんの桃を詰め城へ向かった。

一方その頃、お殿さまは困り果てていた。さらってきた女がすこしも笑わないのである。彼女は新しい夫の前に座ったきり、何を言われても「はあ」という顔をしていた。おはようと挨拶してもハア、何か欲しいものはないかと聞いてもハアと白けている。あの手この手で機嫌を取ろうとするがうまくいかない。連れてくるときは力ずくでよかったが、顔の肉を無理やり持ち上げて笑わせるわけにもいかない。あらゆる権力を手中に収めた男はやっきになっていた。せっかく気に入った顔を手に入れたのだから、かわいく笑ったところが見たい。
そのとき突然門の外から歌うような声が聞こえてきた。物売りらしく、桃、桃、と叫んでいる。おいしい桃、すてきな桃。それを聞いた途端にわかに妻が大きく笑い出した。この三年間の能面のような顔が嘘のように、朗らかに笑っている。赤い口角をきゅっと上げ目を細めたその顔はとびきりうつくしかった。お殿さまはさっそく桃売りを城へ呼び上げた。

やって来た桃売りの男はさえない感じだった。男は間延びしたふしで商いの歌を歌い踊った。それを聞いてまた妻がけらけらと笑う。お殿さまは嬉しくなり、自分もやってみたくなって桃売りに歌を教えてもらう。覚えた歌と踊りを披露すると、妻が少し微笑んだような気がした。もっと笑った顔が見たい。より桃売りに近づくために、お殿さまは彼と着物を交換し、髪型も似せる。そうしてまた歌い始めると、妻はついに大笑いするのだった。おお、これだこれだ。お殿さまは満足感に酔いしれ、踊りながらどんどん行進していった。城内を練り歩き、商売の真似ごとをする。城で働く人々がほほ笑ましく見守っている。彼は歌いながら門の外に出た。町を一周して気分よく城へ戻る。この世で望む最後のものを手に入れた気分だった。しかし城の門は閉まっていた。
「おい、開けろ。俺は城主だぞ。中へ入れろ。」

門番が警戒した顔つきで駆け寄ってくる。彼は失礼な態度でお殿さまをじろじろと眺め、あやしい物売りめ、いつまでもうろついているとひどいぞ、こうしてくれる、と言ってお殿さまを追い立てた。彼は今やどこからどう見ても立派な桃売りだった。ぼろを着て桃の籠を背負った男は追われるままに消えていった。二度と彼の姿を見たものはいなかった。
うつくしい女と城主の着物を着た男は城で幸福に暮らした。

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物語に登場する男は二人とも女の顔が好きだった。好きという気持ちに貴賎はあるのだろうか。
最初の男が妻の精神を見つめて真実の愛を抱き、第二の男が完全なるぼんくらだったかというと、私はそんなにクリーンな判定はできないのではないかと思います。もちろんお殿さまに関しては、立場を利用して強引に連れ去る乱暴さに大きな疑問が残る。しかし、第一の男だって真摯なキャラクターを演じるにはちょっぴりダーティな気がしないでもない。彼が人間の本質を見抜き、その表象としての顔を愛していたと解釈できるほど「高尚な」描写は物語にない。というより、「このコの顔が超好き!」以外の明確な意思を二人の男性から読み取ることができないのである。

顔と一口に言ってもいろいろありますね。たましい、思想、才能、表情、目線、話し方、ありとあらゆる要素が「顔」の一言でまとめられる。彼らが彼女のどこを指して「君の顔が好き」と言ったのかは分からない。
絵はどの部分を描いてもよかった。指先でもいいし、くちびるだけでもいい。肌の色だけを塗ってもいいし、もっと抽象的なアプローチでもいい。妻のことが愛しすぎて離れられないならば肉筆の手紙でもいい。だけどモチーフには顔が選ばれた。彼女は顔というパーツを抽出して二次元のフィールドで記号化され、紙の状態で持ち運ばれたり求められたりした。劇中、たましいの現れ出でる出口の一つにすぎないはずの「顔」は彼女の価値全てであるかのように扱われ、偶像として便宜上代役を務めていたにすぎないはずの「絵」は彼女自身であるかのように扱われた。

この物語は二人の男性が一人の女性を奪い合うような構図であり、勝敗は彼女の顔―とりわけ笑顔―が握っているようである。しかし重要なのはどちらの人物がより真剣に妻を愛しているか?とか、どちらの人物が妻の笑顔を勝ち取ったか?とかいうことではなく、妻がどういうつもりで笑ったのかという点だ。
グリム童話の「金のがちょう」のように、女性を笑わせようとするお話は外国にもありますね。がちょうから手が離れなくなってしまった人々を見たお姫様は面白くてうっかり笑ってしまったように描写されていますが、ここにはもっと意図的に繰り出された笑顔があるように思えます。
みんな、彼女に笑ってほしかった。彼女は自分の笑いたいときに突然笑いだした。

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このお話では何もかも元の通りに戻らない。一方で、奇妙に変化しないまま残るものもある。これを私はとてもふしぎだと思いました。
日常から始まって非日常のイベントが起こる物語では、大きく分けて①元の穏やかな生活を取り戻す ②今までになかった素晴らしい生活に変化する という二方向のエンディングが用意されている。(①は猿婿、②は鉢かづき姫などが挙げられる。)
絵姿女房の夫婦は元いた家に戻らない。妻は権力者である新しい夫と新たな信頼関係を築かない。「囚われの女性の奪還劇」をコントロールするのは妻本人であり、第一の夫は救済者としての成功体験を積んで成長しない。人間の本質が変化しないままロケーションと役割だけがアップデートされるのである。
さらに、ここには人間しかいない。略奪する人間、略奪される人間、救済する人間。ここに人ならざる者はひとりも出てこない。社会的な地位の差はあれど城をめぐる戦いにおいてお殿さまは無敵ではないし、女性はうつくしさの理由や素性こそ説明されないケースが多いが一応人間として描かれている。
人がたくさんいて、それぞれが好き勝手に欲望をぶつけたりぶつけられたりする。その都度譲れるものと譲れないものをかけて戦い、必然ではなく偶然が重なり、思ってもみなかったところへたどり着く。転がりだしたらもう止まらないような、なぜここへ来てしまったのか分からないような、そんな頼りなさを感じます。

あるいは偶然ではないのでしょうか。この物語は、妻が自分の意思で城を乗っ取ったという解釈もできますね。
もし仮にすべて妻の計画通りだとしたら、以下のような感じでしょうか。

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女はうつくしかった。彼女はその容姿を紙に描き写させ、複製した。その紙を夫に仕事場へ持っていくよう勧め、木にくくりつけさせた。
そこは少し開けた山の中腹で、いつも強い風が吹いていることを彼女は知っていた。その風は必ず山から城下町へ向かって吹きすさぶということも。なるほど、風は彼女の思惑通りに巻き起こり、その姿を権力者の元へ届けた。
女はうつくしかったので、自らを見た者がどんな風に思うかを完全に理解していた。お殿さまはもちろんこのうつくしい女を手に入れたいと思った。彼はあらゆる権利を持っていたのでそれを実行した。女は城へ連れてこられた。少なくとも周りからは無理やり連れてこられたように見えた。

細かいことを気にしないとすれば、彼女はそのまま城で暮らしても別によかった。この場合の「細かいこと」というのは彼女の意思を尊重しないで力ずくで自分のものにしようとするタイプの人間との共同生活でよければということだ。彼女はできれば、自分の気に入った人物と暮らしたかった。その人物は三年経ってやってきた。彼女の言った通り、桃をたくさん抱えて。
そこからは漫画みたいにうまくいった。女は自分のほほえみ、自分のまごころを人質にお殿さまと桃売りを入れ替えることに成功した。彼女はまあまあ気に入っている男との城での生活を手に入れた。それは楽しい暮らしだった。“元”夫、“元”城主のことを思っても心は少しも痛まなかった。だってそうでしょう、私がこんな風だったからよかったようなものの、ほんとうに嫌々連れてこられた女の子だったら?彼女の一生はどうなるの。私と“元”夫は正々堂々と勝負した。そして私が勝利したのだ。戻ってくるなら戻ってくるがいいだろう。そしてこの暮らしを取り戻すがいいだろう。それは新しい正式な勝負だ。
男は二度と戻ってこなかった。彼女は幸福な一生を送った。

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私たちの暮らしはどんどん変化して、たいていこの物語と同じように、二度と元には戻らない。
城を追われたお殿さまはどうなったのだろう。彼は不幸になっただろうか。慣れない暮らしに早々に絶命してしまっただろうか。そんなことはないとは言い切れない。しかしそうだとも言い切れないですね。
彼ったら意外と楽しくやってるかもしれない。突然桃売りの才能に目覚め、大儲けして、城のことなんか忘れて(あるいは復讐に燃えて)新しい恋に落ちたり、落ちなかったりしているかも。それともやっぱり生き延びることができずに失意のうちに果ててしまったかも。いやいや、実はここから物語が始まり、東の果てに住むドラゴンを倒しにいく急展開になるかも。
そのどれもが均等に可能性を持ち、均等に不可能性を持っている。それらは全て私にとっては他人の人生で、彼にとっては自分の物語だ。

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「暮らし」は何に作用するのだろう。
365日は31536000秒、3年間の1095日は94608000秒です。それだけの時間、彼女は新しい生活にさらされていた。
桃売りがやって来たとき、女はそれを無視することもできた。一度も笑わなかったとはいえ三年間トラブルなく過ごすことができた環境である。新生活に対して自分を変化させ、過去を忘れることもできただろう。

時間の経過はおそろしいですね。
お殿さまが桃売りの着物を着たとき、着た瞬間にはお殿さまのままだった。門番のせいで城の中へは入ることができなかったが、彼は一城の主のままだった。あの瞬間、変化したのは確かに彼の本質ではなく周囲ただそれだけだった。あの瞬間は。しかしそのまま彼が生き延びて、桃売りとして生きている時間がとてもとても長くなって、城のことなんか忘れて何十年も暮らしたら、それは城主と呼べないかもしれない。何十年もの時間が確かな変化をもたらしたら、それが新しい事実になってしまうのではないか。
私の姿は変わらない。私の姿はどのように描かれようと実際の私とは関係がない。私は絵そのものに私を変える力がないことを知っている。描かれるということは三人称であることを知っている。
誰がどう私の偶像を描こうと、その像がどう変化しようと、それはただストーリー・テラーの視点が入れ替わっただけである。
だけど離れてみて、この気持ちがうそだったと分かってしまったらどうしよう。それが私の中に起こった確かな変化だったら、どうしよう。

春は引越し屋さんが一番忙しい季節です。色々なことが変わっていきますね。
ここを去っていく君、どうかいつもすこし肌寒く、何を聴いてもアコースティック・ギターの思わせぶりな弾みに聞こえ、飛行機に飛び乗ることができる気持ちではつらつと急いていますように。いつも駆け出したくなる心持ちで暮らしていますように。それがいつでも「そう」でありますように。