4月/女とヤバい女の子

日本のヤバい女の子

【4月のヤバい女の子/女とヤバい女の子】

●有明の別れ(巻一)

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《有明の別れ(巻一)》

二条の左大臣家は長い間世継ぎに恵まれなかった。ようやく待ち望まれて女の赤ちゃんが生まれたとき、「この子を男性として育てなさい」という神様のお告げがあった。
父親の左大臣は娘を男装させて育てることにした。同時に、娘も生まれたと偽って架空の姫君を作り出した。
父の作戦は成功した。少女が屋敷の多く深くで誰にも会わずに育てられる時代。全く姿を見せない姫君の存在は誰にも疑われることなく受け入れられ、本来姫君であった少女は「少年」として宮仕えをすることになった。
「少年」はみるみるうちに出世した。顔は美しく、物腰柔らかく、琴、笛、その他教養にもあふれている。背が少し低いが、こんなにも素晴らしい人物を前にしてそれが何の欠点になるだろう。
十七歳になる頃、「少年」は右大将の位を授けられ宮中の人気者となった。実際には「“女”右大将」であった。

女右大将には人間離れした不思議な能力があった。生まれつき、自由自在に身を隠す力を持っていた。彼女はその能力を使い夜ごと他人の家を覗いてまわっていた。
人間観察の結果、男性は大変にいやらしい生き物であること、そして女性はそんな男性に振り回される悲しい生き物であるという思いを深め、女性としても男性としても不自然な生活を送っている自分に悩むのだった。

ある夜、女右大将はいつものように隠れて夜の散歩に出かけ、自分の叔父・左大将の屋敷に忍び込んだ。そこで思いもよらない逢瀬を見てしまった。
左大将は後妻の連れ子である義理の娘と無理やり恋仲になり、妊娠までさせていたのだ。母親に打ち明けることもできず、どんどんお腹の中の子供が育っていくことに絶望し、左大将の娘は塞ぎこんでいた。
その様子を見かけた女右大将は少女を左大将の屋敷から連れ出してやる。おっとりした性格でおろおろするばかりだった少女は突然現れた素敵な「男性」が自分の全てを救ってくれると言うのを聞いて、夢ではないかと思った。
少女は女右大将の「妻」として「夫」の自宅に移り住み、対の上という名前で呼ばれることになった。対の上が身篭っていた子供は女右大将の「息子」として育てられ、二条の左大臣家の跡取りとなった。
恋の噂が一切なく、堅物なところが玉に瑕と言われていた女右大将はこの結婚によってますます社会的地位を上げていった。
しかし、対の上に密かに横恋慕している者がいた。彼女を手篭めにした義理の父親・左大将の息子ーーつまり、対の上の義理の兄ーー五月雨の三位中将という人物である。対の上は忍び込んできた五月雨の三位中将を断りきれずに関係を持ち、再び身篭る。やがて女の子が生まれ、またしても表向きは女右大将の娘ということになった。

宮中では、時の帝・朱雀帝が女右大将をいたく気に入っていた。どこへ行くにも傍へ置き、何かと琴や笛を披露させる。女右大将は年齢を重ねるにつれ男装に限界を感じ、いつも苦悩していたが、その様子が周囲には一層魅力的に見えるのだった。
帝は女右大将を不思議な青年だと思っていた。「彼」のミステリアスな雰囲気に惹かれていた。部屋に二人きりになったある日、帝は本懐を遂げようと決意し強引に迫る。そして、右大将が実は女であることに気づく。
女右大将は帝を拒むことが出来ず一夜を共に過ごす。翌朝、引きとめようとする朱雀帝を振り切り、女右大将はふらふらと帰路についた。
その日から女右大将の苦悩は一層深くなった。男装がバレることにずっと怯えていたのに、人に、それも帝に知られてしまったのである。とうとう寝込みがちになり、病気のようになってしまった。夫の辛そうな顔を見て、対の上は何の力にもなれない自分を恨めしく思い、涙を流すのだった。
しばらくして女右大将の病状が少し良くなったと聞き、朱雀帝は賀茂の行幸を執り行うことにした。絶対に出席するようにと帝から彼女のもとに連日手紙が届く。女右大将はこれを男としての最後の務めにしようと決め、今までになく美しく高貴な出で立ちで参加する。
「彼」の晴れ姿に帝はもちろんのこと、その場にいた者は一人残らず心を奪われた。その年の秋、女右大将が病死したことが伝えられた。

宮中はどこも静まり返り、皆が女右大将の死を悼んだ。対の上は「夫」の死の真相を知らされず、悲しんで出家してしまった。彼女は対の尼と呼ばれた。
女右大将の父・左大臣は、再び作戦を練っていた。「兄」の右大将が病死したことにして、「妹」の姫君として女右大将を朱雀帝に嫁がせる。彼は家を没落させないため必死だった。
(元)女右大将の髪が伸びるのを待って、彼女の入内が果たされた。そこで彼女は「右大将」から「有明の女御」という名前になった。
朱雀帝はすぐに有明の女御の正体に気づいた。有明の女御は帝の寵愛を一身に受け、宮中での暮らしは幸福だった。

しかし、帝との子供を身篭って出産のため実家に戻り、男装をしていた頃の日記を読むと、今とは比べ物にならないほどの自由を感じて悲しく思うことを止められなかった。あんなに得意だった笛も女という立場ではもう吹くことができないのだ。
憂いの中で有明の女御は一人実家に残した元妻、対の尼のことを気にかけていた。ずいぶん迷ったが、対の尼に会って直接事情を話すことにした。
自分の死を悲しんで出家した妻は、数年経ってもあまり変わっていなかった。死んだと思っていた夫が実は生きていて、しかも女性で、今は帝の妻となって目の前にいる。そう聞かされても対の尼はおっとりと驚くのだった。
二人は色々なことがあったが、今は良い思い出だと言って笑いあった。
その冬、有明の女御は無事出産した。生まれた男の子は皇太子となった。彼女は皇后として幸せな日々を送りながら、やはり男装時代を懐かしむのだった。

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「有明の別れ」は不思議な物語だ。唐突に「自在に身を隠せる能力」などのファンタジーが挟み込まれる。一方、そういうミラクルがちっとも助けてくれないこともある。
女右大将というキャラクターはファンタジーで救済されることがない。彼女は苦悩を抱えたまま男性として生き、苦悩を抱えたまま女性として生きた。その両方を彼女は社会に求められた。

女右大将の生まれた左大臣家は跡継ぎが生まれず、没落の危機に瀕していた。才能のある青年か美貌の少女がいなければ家系が断絶する時代、父親の左大臣にとって娘の力(笛の才能、琴の才能、漢詩の、美貌の、全ての才能)は家を再興するための最後の足がかりだった。彼にとって娘の存在は救世主のように感じられただろう。
女右大将本人にとってこの暮らしは苦しいものだった。バレたら世間の笑いものになってしまうと怯え、彼女はずっと悩んでいた。しかし一方では、世界の制約を飛び越えさせてくれる鍵でもあった。

ー男の子になりたい。男の子だったら、こんな面倒な目に遭わなくて済むのに。そう思ったことのある女の子は少なくないでしょう。
「見えなくなるほど遠くまでボールを投げれる強い肩が羨ましくて男の子になりたかった」という歌があるが、皇后(有明の女御)となった女右大将は自由奔放に行動できる男性、つまり、かつての自分を羨んだ。
女右大将は宮中で誰よりも活躍していた。どのような装いをしていても彼女の能力は変わらない。しかし、彼女は女性の着物に着替えた瞬間、それまで通り軽やかに、ダイナミックに行動することができなくなった。
装いが変わっても、女右大将の内面は少しも変化しない。だけど彼女の周囲は何もかも変わってしまった。
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「有明の“別れ”」とは、何と何の“別れ”だったのだろう。朱雀帝が女右大将と朝を迎え、帰ろうとする彼女を引き止めるときに、「ひとたび手放してしまえば次はいつ会えるか分からない、有明の月のようなあなただ」という旨の歌を詠む。しかし彼らはその後再会し、むしろ幸福な恋愛を成功させている。やさしく紅潮するような恋を大テーマに掲げるには、この物語は重い。

私は、この“別れ”は彼女の「少年時代」との別れだと思います。
彼女の少年時代は彼女自身の意思で始まったものではない。家のために有無を言わさず選ばされたものだ。女右大将は苦しみながらも、与えられた設定に反発することなく少年時代を過ごした。
皆が喜んでくれる。私もできれば役に立ちたいと思っている。だけど私の心は曖昧に淀み、ただ漠然と焦っている。
帝に正体を見破られたとき、彼女は初めてこの生活に異議を唱えた。これまでもずっと辛く過ごしてきたが、もうこんなことはやめたいと両親に強く主張した。
彼女は何かを捨てて、何かを残さなければいけないフェーズに来てしまったのだ。自分と周囲との関わり方をひとつに絞り、後戻りできない方向へ進む。
色々なものがここで捨てられた。自由に振舞い、政治に参加する権利。笛や漢詩に注ぐ情熱。何も知らず心配してくれる「妻」。

少年時代を終えて問題が全て解決したかというと、そうではない。この後女右大将は有明の女御となる。それもやはり家のために決められたシナリオであり、女御としての生活の中で、彼女は女性の立場で生きる不自由さを初めて自分で体験する。
男性の人生にあれほど追い詰められていたのに、今度は女性の人生に絡め取られている。
有明とは、夜明けですね。夜明けの別れ。夜明けの後は朝です。朝の次は昼。そして夜。この後何度も彼女は別れを経験するのだと私は思います。
だけど、自由に振舞い活躍すること、家族を(縛られながらも)大切にすること、苦しまないで暮らすこと、目の前で困っている女の子を救うこと、恋に少し参加してみること。これらはなぜどれかを犠牲にしなければ成り立たないのだろう。
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女右大将と対の上の関係はなんと呼ばれるものだろう。二人は社会的には「夫婦」だったが、彼女たちの真実の関係には名前がない。
対の上は冒頭で、ひたすらに弱い立場の女性として登場する。この物語では一見、女右大将が強い王子様で、対の尼が弱いお姫様のように見える。
確かに、絶体絶命の状況にあった対の尼にとって、女右大将は神様みたいな存在だったかもしれない。しかし実際のところ、そんな風に一言で片付けられれるような、単純な関係性ではないように思えるのだ。

対の尼はとてもぼんやりしている。自分の考えをはっきり言わず、義理の父親とも義理の兄とも流されるままに関係を持ってしまう。家族に苦しめられ、自我がなく、性的には経験を(望む望まざるにかかわらず)積んでいる。
女右大将は社会的には随分大人びている。しかし常に苦悩している。彼女もまた家族に苦しめられているが、精神的に成熟している。そして性に強い抵抗を持っている。
キャラクターは正反対だが、二人は「自分で望んで置かれたものではない境遇に」「性別に由来する問題で」「家族に打ち明けられずに」「苦しんでいる」という点で似ている。

お互いに、今ある社会の仕組みそのものには対抗できなかった。襲い掛かる問題を根本的に解決し、お互いを根本的に救済することはできなかった。
クライマックスで有明の女御(女右大将)は対の上に真実を告白し、秘密を共有する。右大将が女だったこと。死んだと嘘をついていたこと。
一方、対の上も自分が五月雨の三位中将と不貞に至ったことを「夫」が知っていて許したのだということを再認識する。
決定的な救済者同士にはなれないまま、利用しあい、寄り添いあい、ただ起きたことを今となっては良い思い出だと言って笑いあう。不自由の海の中、彼女たちは手を取り合って波に乗り続けた。

夫婦と呼ばれていた頃は真実を話すこともできなかった。友達で済ませるには運命を共有しすぎている。戦友と称えあうには遠い。
私たちの関係には、名前がない。名前がないから定義できない。
私たち、何だったのかな。名前がないまま捨てたものは、どうやって探せばいいのかな。誰かがほんの少し力を加えたら、今の関係もまたばらばらになってしまうのかもしれない。最初からはっきりと明確な縁があって繋がったわけではないかもしれない。ただ目の前にいる座っているあなたの姿を見ていると、どうすることも出来ない歯がゆさと、心の底からの安心を感じる。
さようなら女達。これからはあまり会えなくなるけれど、誰よりもあなたの幸せを祈っているからね。