煙草について

第2期(2012年4月-5月)

 3年前にやめた煙草を、3ヶ月前からまた吸いはじめた。
 煙草を吸うことは好きだ。
 煙草を吸うあいだ、僕は他のことをしない。
 仕事をしながら吸ったりしない。
 携帯を見ながら吸ったりしない。
 ただ吸う。
 できれば外で吸う。
 たとえば家のベランダで吸う。
 目のまえの風景をぼーっと眺める。
 青空駐車場にならんだ車のフレームが光っている。
 木々が枝を触れあわせてさらさらと揺れる。
 風が頬をなでる。
 遠くの路地を、乳母車を押した老婆が歩いてゆく。
 おなじ道を、若い男女が笑いながら歩いてくる。
 老婆と男女がすれ違う。
 老婆は乳母車をすこし路肩に寄せる。
 男は女を先に行かせて、ふたりは一列になって歩く。
 乳母車、老婆、男、女が、ひとつの塊になる。
 その一瞬。
 僕は目を閉じて、煙を深く吸いこむ。
 煙草の葉がチリチリと燃える音を聞く。
 甘いバニラの香りが鼻に抜ける。
 まぶたのむこうで老婆と男女がだんだん離れてゆく。
 煙が、のどを通って肺に届く。
 頭がぼおっとする。
 からだが少し浮いたようになる。
 そっと目を開ける。

 世界は、美しいと思う。