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2F/当番ノート

お米もじルンタ

当番ノート 第52期

今週は「お米もじルンタ」について書こうと思います。

お米文字については当番ノート3回目を是非ご覧ください。

「お米もじルンタ」は9月11日から開催される芸術祭「黄金町バザール-アーティストとコミュニティ 第一部」において川に展示する旗の作品で、
ただ今制作中です。(根を詰めまくって腰を破壊しました。)

スケッチ

ルンタ」はチベット語で「風の馬」という意味の言葉です。
ご覧になったことがある方も多いと思うのですが、チベット仏教で使用される五色のカラフルな旗で、そこには経文や絵が書かれていて、風の馬が描かれている物を「ルンタ」と呼びます。(多くの場合祈願旗自体のことは「タルチョ」と呼ばれます。)寺院や家の屋根、橋のたもと、風の通り抜ける峠などでたくさんのルンタを見ることができます。

風にはためく毎に記されている経文を読経したのと同じ功徳を得られるとされています。

わたしはチベット仏教のそういうところが大好き、マニ車(回転する筒の中に経文が入っていて、ぐるぐる回して、一回まわすと一回読経したと同じ功徳が得られるとされている)にしても、日本人は結構苦行好きというか、時間も労力も掛けて苦労しないと成功しないとか幸福になれない、みたいな考え方がうっすらあると思うのですが、チベット仏教のこういった仏具を見ると、誰でも楽チンに(そして楽しく)幸福になれるという感じがして、個人的にその思考がとても好きです。

そしてルンタ(風の馬)は天を駆け、人々の願いを仏や神々の元に届けると信じられています。

また、お釈迦様を出家に導いた愛馬「カンタカ」など、仏教と馬には深い関係があるようで、興味深いです。ちなみに「絵馬」は、神事の際に馬を奉納する風習が由来だとか、中国の紙馬が源流としてあるのだとか諸説あり、神仏と馬にまつわる伝承も気になります。

そして今回の作品でわたしはこのルンタからヒントを得て五色旗を制作しました。

旗に記されているのは経文でお米文字で書きました。

それには訳があります。

「お米もじルンタ」は黄金橋と旭橋の間あたりの川の上空に吊るします。

そこには大岡川が流れています。

かつて、ここには釣鐘のような形状の湾がありました。
江戸時代に大岡川と中村川に囲われたその一帯を埋め立て新田開発を行った吉田勘兵衛さんの名を取りその場所は「吉田新田」と呼ばれていました。
横浜最初の埋め立てです。
勘兵衛さんは熱心に日蓮宗を信仰していて信心深く、当時の幕府による「石高千石に達した地主は、社の建立を許す」という布告から、
兼ねてより石高千石を目標としていたそうです。
千住での新田開発では八百石を達成し、そしてこの吉田新田の開発で遂に石高千石を達成しました。

ちなみに、千石ってどのくらいなんだろうと思って調べてみたところ、
1000人の人が1年間食べられる量のお米とされているのですが、
お米の量としては1石150キロくらいになるそうです。
一人一日2合くらい、でしょうか。(計算苦手なので合ってるか微妙です)

昨年この町に引越して来て知った、横浜を最初に埋め立てて作られた田んぼ「吉田新田」にわたしは胸がときめきました。
ちょうどその頃、古くなった水道管を交換するために地面を掘り返して工事をしている様子を見て、
この地面の下に埋まっている水道管、田んぼ、海に想いを馳せ「日の目みる/埋もれている水田に埋もれている海」と題したインスタレーション作品展をわたしの住居であるスタジオで開催しました。
(ちなみにわたしのスタジオのある場所は吉田新田の少し外側です!)

吉田新田をぐるっと巡って書いたマップ

釣鐘碗
陶磁器、海と川の間の水、紙(南無妙法蓮華経)
2019

日の目みる
紙、線香
2019

この吉田新田の開発にまつわる幾つかの伝承の中で「大乗経」を埋めた、と言うものがあります。
いくつか説はあるのですが、最初の埋め立て工事に失敗した後、
信心深い勘兵衛さんは堰止堤の下に大乗経の経典を埋めて工事の成功を祈願し無事成し遂げた、と言う説や、
吉田新田が完成した後に勘兵衛さんの念願であった神社仏閣を二社建立し、
それぞれの社の下に大乗経の経典を埋めた、と言うものなど、
諸説あるようですが、何にせよ大乗経を埋納していたようです。

そんなことから、「お米もじルンタ」では、かつてこの地にあった田んぼに想いを馳せ、お米文字でお経を記しました。
大乗経は般若経、法華経、華厳経などの経典が納められていますが、その中から法華経の中より、病気平癒、心身の健康を祈願した一節を記しました。

158枚の五色の旗の中に「馬」と「星」がいるので、是非探してみて欲しいです。

馬はルンタ、風の馬、星はポラリスです。

なぜ、風の馬とポラリスが登場するかについては、吉田勘兵衛さんの故郷であり、わたしの故郷兵庫県川西市に隣接する大阪府能勢町が関係します。
それについてはまた、次回の記事で書こうと思います!

参考リンク先
絵馬とルンタ
お三の宮﨑 日枝神社


余談ですが、わたしの実家で飼っているうさぎの名前は「ルンタ」です。
風の馬とは全く関係なくわたしが名付けました。
その名は掃除機の「ルンバ」に由来していて、ルンバのように、放し飼いにして家の中を自由に駆け回って欲しいという願いと、ぴょんぴょん跳ね回る様子がルンルンしていて、そして男の子なので「ルン太」だな、と思って付けた名前です。
その後真言密教の聖地高野山で生活している時に、チベット語の「ルンタ」の意味を知りました。

ルンちゃん

さらに、わたしが溺愛した、6歳でこの世を去った故愛犬「あた」ちゃんは、あたちゃんを家に迎える前日に夢に出てきて自ら「あたし、あたちゃん」と名乗ったことから名付けたのですが、この「アタ」もチベット語にあり、「はじまり」という意味があると知りました。

あたちゃん


今後の予定
7月1日(水)より毎日、「碗琴道」のライブパフォーマンスを行います。 
詳細はこちらをご覧ください。

黄金町バザール2020-アーティストとコミュニティー Vol. 1参加作品 
http://koganecho.net/koganecho-bazaar-2020/news/2020/06/post-1.html
安部 寿紗

安部 寿紗

お米にまつわる作品を制作しています。​
2019年5月より黄金町アーティストインレジデンスにて活動しています。
2020年7月1日〜10月11日まで、お茶碗を並べるパフォーマンス作品「碗琴道」を毎日Instagramでライブ配信しています。三度の飯くらいクリープハイプが大好きです。

Reviewed by
はしもと さゆり

連載も後半戦に突入。これまで読んでいる中で、安部さんはかなり色んなところに居を構えながら作品を作ってこられたんだなとやや驚いているので、記述を元に少しだけまとめてみる。

2005年、休耕田を耕す作業を手伝い。はじめての農作業。
2006年、実家(兵庫県川西?)に戻り、13個のバケツを並べてお米を育てはじめる。お米にまつわる作品を制作するようになる。
2011年(?)、真言密教の聖地、和歌山県北部の高野山で生活。作品「お米文字」を使った「寺子屋ごっこ」を定期的に開催。
2012年、大分県に移住。棚田の中の小さな田んぼを借り、ぐるぐると円形に黒米の苗を植えた。
2019年、横浜に引っ越し。横浜を最初に埋め立てて作られた田んぼ「吉田新田」の存在を知りときめく。住居兼スタジオでインスタレーション作品展「日の目みる / 埋もれている水田に埋もれている海」開催。

ここで知る限り、お米にまつわる作品を作りはじめて15年弱。その間に5回引っ越しをされているので、単純計算で3年に一度。南は九州、大分から、北は神奈川県横浜と、移動距離も結構ある。「お米文字」の回で、「寺子屋ごっこ」を日本各地で実施しているともあったので、本当に色んなところを行き来しながら暮らし作品を作っているらしい。タフだなあ。

そんな安部さんが好きだという、チベット仏教のスタンスについて。大事な記述だと思ったので下記に抜粋して再掲したい。

「(ルンタは)風にはためく毎に記されている経文を読経したのと同じ功徳を得られるとされています。わたしはチベット仏教のそういうところが大好き。日本人は結構苦行好きというか、時間も労力も掛けて苦労しないと成功しないとか幸福になれない、みたいな考え方がうっすらあると思うのですが、チベット仏教のこういった仏具を見ると、誰でも楽チンに(そして楽しく)幸福になれるという感じがして、個人的にその思考がとても好きです。」

日本人の生真面目さや土地との縁を切るに切れない封建社会の賜物みたいな、お米や稲作にまつわる作品(かつどの作品も几帳面じゃないととても完成させられないような繊細さ)を作る安部さんが、色んな地域に移り住んでいたり、誰でも楽チンに幸福になれる感じを好んだり、そのアンバランスさみたいなのに興味を持ちはじめている。残り3回。

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