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2F/当番ノート

お米文字

当番ノート 第52期

わたしは自分の作品を説明するとき「お米にまつわる作品」と言っている。
なぜ「お米の作品」ではなく「お米にまつわる作品」なのかというと、「お米の作品」と言うと「お米を素材にした作品」だと捉えられることが多かったからだ。

一番多く言われることがあるのが「お米に文字を書くアート」
お米一粒一粒に文字を書くものだが、やったことはなく、というかそんなに器用でないので出来そうにもない。

お米に文字は書いたことはないけれど「お米文字」という作品を制作している。今回はその「お米文字」をご紹介しようと思います。

お米文字

お米文字は、お米一粒の形で記す象形文字のような物で、稲作によって培われてきた社会や文明を象徴するものという思いで制作したものだ。

お米一粒を「あ」二粒で「い」(愛は三粒でできている)「う」は胚芽の欠けが右向き、左向きで「え」下向きで「お」この母音に子音を組み合わせて五十音を作った。(ちなみに、白い粒が精米したお米、黒い粒が揉を表しています。間違えて記したら梅干しの訂正印を押します)

「あ」が一粒であることは重要だった。

わたしはお米一粒の小さな楕円の中に、無限の広がりを感じていた。小さな楕円の中に宇宙があるようだと思っていた。
だから、お米一粒は五十音始まりの音である「あ」がふさわしい。

さらに、真言密教において「あ」の梵字は胎蔵界における大日如来さまを表す文字なので、宇宙の真理、宇宙その物を表している仏さまの姿をお米一粒で表現できることに気づいた時、それこそ「あ!」と声を上げるほど驚愕した。

だからわたしにとって「あ」はお米一粒でしかない。

「お米文字」は本当にシンプルで簡単な作りなので、誰でも簡単に覚えることができるので、よし、普及しよう、と思った。
なので定期的に「寺小屋ごっこ」を開催している。

「寺子屋ごっこ」と言っても、ただ「お米文字五十音順表」とお習字道具がおいてあるだけで、思い思い好きな言葉を書いてもらっている。
これまでに大阪、神戸、高野山、大分、横浜で開催して、沢山の名作が生まれた。

中でも、わたしが「これは尊すぎる、、、」と大事にしているものがある。
(のちに展示したいのでもしよかったら下さい!と言って、頂きました。今思うと搾取だわ、、、とちょっと反省しますが、裏打ちしてとても大切にしております)

それは2011年高野山で開催された「Happy maker in 高野山」という芸術祭に参加した時開いた「寺子屋ごっこ」に参加してくれた幼い兄妹が書いてくれたものだ。

お兄ちゃんと妹がちょこんと並んで筆を取る姿が微笑ましく眺めていたら、お兄ちゃんは迷いなくお米文字を書き、その周りに沢山の田んぼにいる生き物や稲の絵を書いた。

そこには「オンパニマーミーホ」と書かれていた。

「オンパニマーミーホ」って何?と尋ねると、ご真言だと教えてくれた。
へええ、と驚いていると、お母さんが「今三国志にはまっていて、そこに出てくるんです」と教えてくれた。

わたしは三国志も読んだことがないし、全く初めて聞いた「オンパニマーミーホ」だったが、
キラキラした眼差しで迷いなく記されたお米文字と、ぐるりと囲むタニシや蛙、さらにお米粒を並べて漢字の「米」の字のような形に描かれた絵を見て、途端に「オンパニマーミーホ」がとても尊い言葉として胸に響いた。

しかし、これだけで終わらなかった。

隣で何を書こうか考え込んでいた小さな妹が、お兄ちゃんの書いた「オンパニマーミーホ」を真似して書いたのだ。
まさしく、写経だった。

わたしはこの一連の光景があまりにも眩しく、ずっと胸に残っている。

以来、この二枚の「オンパニマーミーホ」を後生大事にしていこうと思った。


お米文字/2007

お米論
紙、インク/2008


今後の予定
7月1日(水)より毎日、「碗琴道」のライブパフォーマンスを行います。 
詳細はこちらをご覧ください。

黄金町バザール2020-アーティストとコミュニティー Vol. 1参加作品 
http://koganecho.net/koganecho-bazaar-2020/news/2020/06/post-1.html
安部 寿紗

安部 寿紗

お米にまつわる作品を制作しています。​
2019年5月より黄金町アーティストインレジデンスにて活動しています。
2021年4月14日〜4月21日まで個展があります。http://www.pario-machida.com/topics/event/8982三度の飯くらいクリープハイプが大好きです。

Reviewed by
はしもと さゆり

稲作によって培われてきた社会や文明を象徴するかのような、安倍さんの作品「お米文字」(2007年)。その、象形文字のような、お米一粒で記す文字が並ぶ「お米論」(2008年)。

これらの作品を2020年の今見ると、ある秩序を保って並ぶぎゅうぎゅうの米粒は、過密すぎる人混みのようにも見えるし、正体不明のウイルスのようにも見える。稲作文化がもたらした、いきすぎた秩序や疫病のことを思い浮かべたりもする。

***

昨日ちょうど、義理の父と実家の休耕田をどうするかという話になった。「ひと昔前だったらトラクターや田植え機は村の組で持ってたけど、もうないからな」手で植えるには広すぎる。だけど、水を張ったり、収穫、脱穀、いろんな手間があって、小規模で田んぼをやるのはとても無理。選択肢にないというのが義父の言うことだ。「畑ならともかく、田んぼは借り手もつかん」「どこの家も田んぼは厄介ごとだでな」

私のまわりのお米にまつわる話は、今暗礁に乗り上げている。

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