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2F/当番ノート

お米にまつわる

当番ノート 第52期

はじめまして Rice to meet you!

今日から月曜日の当番ノートを書かせていただきます、安部寿紗と申します。
わたしは普段、お米にまつわる作品を制作しています。
2019年より横浜市にある「黄金町アーティストインレジデンス」で活動をしています。

「お米にまつわる作品」とは

例えば、今やっているのは、近くにある「日の出湧水」のお水で稲を子育てに見立てて育てる「日の出湧介くん」、毎日定時に(朝8時、正午、夕方6時のいずれかの時間に1日1回)お茶碗を用いて、作法に則った同じ事を行いライブ配信する「碗琴道」、どちらも形として残る作品ではありません。


日の出湧介くん」
バケツやプランターに植えた稲をわたしのスタジオと、その近隣3ヶ所で育てていて、その様子を毎日noteに育児日記のように書き記しています。


碗琴道」

碗琴道とは、何もないところに食器を運び、並べ、音を鳴らして、またしまい、立ち去るまでの一連の流れを作法に則って行うもの。

食事はただ食べる事とは少し違う事のように思います。
誰かと賑やかに食事を共にする事もあれば、一人で静かに食事をする事もあります。
人はどんな日も食事をします。
食器に装われた食べ物を箸で口に運ぶその所作は、慣習的であり、普遍的であり、厳かに感じることがあります。
人は毎日食事をします。
その中で記憶に残っている場面がいくつかあります。だけど大抵は記憶に止まることなく、消えていきます。
人は食事を忘れてゆきます。
日々繰り返される「食事」がいつ、どこで、誰と、何を食べたか、どんな味がしたか、どんな匂いがしたか、何を感じたかが記憶から失われても、器に食べ物を装い、配膳し、箸を使い食事をすることを忘れません。
人は食事を記憶しています。
そして形ない食事は絶え間なく続いてゆきます。

※Instagramのライブ配信のみで、アーカイブはしていません。


どちらも、毎日毎日続いているということと、日常の中にあるということ、形としては残らないけれどあるということを大切にしています。

毎日毎日続いていると、だんだんと明日もあるから大丈夫、というような気持ちになることがあります。
だけど、どんなに長くそこにあったものも、続いてきた事象も、そこにあった関係性も、
ある日突然終わることがあります。
しかしながら、そんな油断が生まれるくらい安心できる状態に人がなった、ということにわたしは関心があります。

わたしは永遠とか、永久なんていうものを何一つ信じられない人間です。

例えば、温泉をわたしは疑っています。
こんこんと湧き続けている温泉だっていつかは絶対に枯れてしまうに違いない、源泉掛け流しの温泉をもったいない、
なんて思ってしまいます。
だから、大分県別府市で生活をしていたとき、なんの躊躇もなく湯元の栓を抜きお湯を投入する地元の人たちを、
信じられん、という眼差しで見ていました。

そのわたしが、初めて「永遠」を信じることができたのがお米でした。

2005年、休耕田を耕す作業を手伝い、はじめて農作業をしました。翌年、自宅に13個のバケツを並べてお米を育てたことをきっかけに、わたしはお米にまつわる作品を制作するようになります。

その年、わたしはとてつもなく元気がなく実家に帰って暮らしていました。
仕事もせずほぼ寝て起きるだけの生活の中で、唯一していたことが「お米を育てる」ことでした。
その過程で、たくさんの発見と驚きがあり、楽しいも苦しいも何も感じない無感情だったわたしを少しずつ元気づけ、つまり、感動したのです。

ミイラのように干からびた小さな籾種からスッと白い芽が出た、
乾いた土に水をやると「ツチツチツチ、、、、」と水が染み込む音がした、
小さな苗のことを「早苗」と呼ぶと知った、
そして小さな一粒の籾種は分蘖して(生えた茎がどんどん分かれていく)
大きく成長し、稲穂となり、実ったお米を数えてみたら2000粒以上にもなっていました。

わたしがお米にまつわる作品を制作するに至った初期衝動はとても単純で、
その圧倒的な数の力に驚きを覚えた事だった。
お米の持つ性質、一粒の籾種から千粒以上ものお米が実るその数の力に圧倒された。一粒の中にある可能性を思うと、
小さな楕円形の中に途方も無い数、距離、時間、永続的な物を思い描くようになる。
以降、お米にまつわる伝承やお米そのものの生態に自分の内面を投影させた作品を制作している。


今後の予定
7月1日(水)より毎日、「碗琴道」のライブパフォーマンスを行います。 
詳細はこちらをご覧ください。

黄金町バザール2020-アーティストとコミュニティー Vol. 1参加作品 
http://koganecho.net/koganecho-bazaar-2020/news/2020/06/post-1.html
安部 寿紗

安部 寿紗

お米にまつわる作品を制作しています。​
2019年5月より黄金町アーティストインレジデンスにて活動しています。
2020年7月1日〜10月11日まで、お茶碗を並べるパフォーマンス作品「碗琴道」を毎日Instagramでライブ配信しています。三度の飯くらいクリープハイプが大好きです。

Reviewed by
はしもと さゆり

3年前のいつだったか、祖母が千日紅の種をくれた。「ここ何年か育ててんねん」だか「近所の人から種もろて育て始めてん」だか、「花が長持ちして綺麗やで」「あんたも育ててみるか」とか、思い出そうとすると、元気だった祖母とそういう会話を交わしたような気がする。

***

アーティストの安部寿紗さんが、お米にまつわる作品を制作するに至った初期衝動は、「一粒の籾種から千粒以上ものお米が実るその数の力に圧倒された」からだという。
実際にバケツやプランターで稲を育て、その過程を毎日(!)記録、発表している安部さんは、お米一粒の中に、途方も無い数、距離、時間、永続的な物を思い描いている。

「ミイラのように干からびた小さな籾種からスッと白い芽が出た、
乾いた土に水をやると「ツチツチツチ、、、、」と水が染み込む音がした、
小さな苗のことを「早苗」と呼ぶと知った、
そして小さな一粒の籾種は分蘖して(生えた茎がどんどん分かれていく)
大きく成長し、稲穂となり、実ったお米を数えてみたら2000粒以上にもなっていました」

楽しいも苦しいも何も感じない無感情だった氏を少しずつ元気づけた、お米生育の描写は、子育てのように優しさ楽しさの混ざった重要な記述だ。

***

今年の春、ようやく千日紅の種を蒔こうと思い立った。今は亡き祖母お手製の種袋を開けると、乾燥した花そのものみたいな無数の種の塊がぽこぽこ入っていた。慎重に分解してして、水で濡らしたティッシュの上に一晩、ポットに蒔いて、水やりを続けると、忘れた頃にひとつだけ、小さな双葉が出てきた。梅雨が明けて、先週、小さな紅色の花がひとつ咲いた。うれしかった。

私が種を蒔く限り、祖母の千日紅は、無数の花を咲かせ続ける。そしてまた、数千粒の種が採れて、望めばそれを次の誰かに手渡すこともできる。その永続性に、私もまた元気づけられ、感動する。

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