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3F/長期滞在者&more

ミッドナイト・ミッドナイト

長期滞在者

◆サーティワンのアイスクリームで、おそらく期間限定として「ミッドナイト・アップル」というのが出ていた。真夜中の林檎とは。興をひかれて買ってみた。
ぬおー美味い。これは美味い。
何が真夜中なのかよくわからないが、焼き林檎とシナモンの味がして色は墨色。色が真夜中?
わからないけど言葉と色に素直に引っ張られて、夜中の味のような気もしてくる。子どもは食うなとか? いやいや、子どもも食っていいよ、美味いから。
とにかくほんとうに美味いのである。これはリピートせねばなるまい。
今調べたら、なんとハロウィン限定だそうな。そうか、ハロウィンの黒だったのか。待てよ、ハロウィン限定ということは、げ、もうなくなるやん! 急がねば!

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◆ミッドナイトという言葉に引っ張られてみよう。
最近気になったミッドナイトといえば、新家工業の旅用自転車、ARAYA Touriste(ツーリスト)である。通勤用に使う自転車を新調するのに候補に挙げていたものの1つである。
通勤なのに旅用自転車? そうさ、通勤は冒険だぜ。
さておき何がミッドナイトかといえば、車体の色。3色展開のうちの1色がミッドナイト・ブルーなのだ。
結局この車種ではなく、同じメーカーの別車種を買ったのでミッドナイト・ブルーの自転車は僕のものにはならなかったのだが、何ともかっこいい濃紺なのだった。ほぼ黒、かろうじて紺、くらいの。
ミッドナイト・ブルー・ツーリスト。真夜中の青い旅行者。怪しくて良い。
色だけならダントツにこれがカッコよかったんだけどなぁ。
ちなみに2020年モデルより、このミッドナイト・ブルーは廃番なのだそう。うう、余計にちくちく後悔が募る。
ARAYA Touriste

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◆ミッドナイト、といえば高橋幸宏である。
これはなかなかわかりにくいかもしれない。初期の曲に「ミッドナイト・クイーン」というのがあって、昔よく聴いたのである。
高橋幸宏といえばYMOだが、その前はサディスティック・ミカ・バンド
最近加藤和彦の没後10年ということでサディスティック・ミカ・バンドの話題がツイッターなどでよく出ていた。懐かしく思い、家にあるサディスティック・ミカ・バンドやサディスティックスのCDを久しぶりに聴き返してみたのだった。最近はYouTubeなんてものがあるから、昔はなかなか見れなかったライブ映像なんかも見つかる。
音源や映像を見ていて、つい口をつくのはただ一言、

「ミカすげぇ。。。」

当時の腕ききなミュージシャンたちが集まったサディスティック・ミカ・バンドは、演奏技術の高い中に、一人だけちょっと素人臭いミカのvocalが入る。なのに「技術とかそんなことどーでもいい」と思わせてしまう破壊力がミカのvocalにはある。
ミカの歌が入らない曲は、演奏技術は高いけれど、やはりその当時の「時代の音楽」だと思える。有り体にいえば少し古臭い。ところがミカの歌が入る曲だけいきなり近未来へジャンプする。全然上手くはないのに凄い。最近はやりの、古い映像に現代の役者が合成されているのを見るようだ。ひとり近未来のミカが混じってる。
ミカと加藤和彦が離婚してサディスティック・ミカ・バンドは解散するのだが、以後何度か再結成されたときのvocalが、桐島かれんとか木村カエラとか、なんとかミカのインパクトに拮抗する工夫をこらしつつ、名前はミカ・バンドのままという、よくわからないことになっている。いないのにミカバンド。不在で売るバンド名。
復活のたびに新しい「ミカ」役が立てられるので、ミカはもういないのだと勝手に思っていたが、ミカはミカ・バンド放逐後、ロンドンで料理研究家をしている、という情報がwikipediaに載っていた。
YMOの「Nice Age」のバックでニュース速報を読んでいる声もミカなんだとか。知らなかったなぁ。
今度こそオリジナルミカで復活したら面白いのに・・・あ、そうか、今は加藤和彦がいないんだ。

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◆最近良く書いているように、僕にとってのミッドナイトは、夜行自転車である。
ミッドナイト藻川。ミッドナイト武庫川。ミッドナイト神崎川。
夜の闇に半分溶けると、そこに建つ現代の建物たちの存在感は薄れ、たとえば漆黒の夜に埋もれて大昔からある神崎とか額田といった古地名を過ぎるたび、そこから見える夜の川面の姿は昔もこんなだったかも知れないなー、などと思う。
黒々とした中洲群が墨絵のようにあちこちと塊を成し、後方に流れ去っていく。
園田橋から北上して阪急とJR新幹線の高架を潜るまでの、ほんの500mほどの土手道が、今では珍しいほどの灯りの少なさで、なかなか素敵な闇の異空間である。そこを自転車の前照灯で切り裂いていくのだ。
ああ、やっぱりミッドナイトブルーの自転車にするべきだったかな。

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◆一度久米島に行ったときに、数十cm前も見えない漆黒の闇、というのを経験したことがあるけれど、ふだん阪神間のような大都会に住んでいると、ミッドナイトなんていってもどこかしらに灯りがあり、真の闇などありえない。
しかしそれでも、方向感覚が狂う程度の闇というのならないこともないのである。
もう10年くらい前になるだろうか。
以前にもちらっと書いたことがあるけれど(「尼崎円環魔境」)もう少し詳しく書いてみる。
梅田で20年ぶりくらいの友人と飲み、またなと別れて時計を見ると、阪急もJRもすでに終電が過ぎている。
僕の住む尼崎まで阪急電車で5駅。駅間2kmと仮定して約10kmか。歩けなくもないだろうと、極寒の季節でもなかったので酔ってフラフラしながら阪急電車沿いに歩き出した。
今なら自転車で走り回っているので園田周辺の、川が4本合流するややこしい地形も頭に入ってはいるが、当時はそんなこと知らなかった。線路沿いに歩けばいつかは着くと思い込み、ただ歩いた。
ところが、4本の川が合流する、一番東、旧猪名川に阻まれて線路沿いを進めなくなるのである。
どこかで渡河する橋でもあるだろうと川沿いを北上するが、そんなに大きな川でもないのになかなか橋がない。いつのまにか豊中市域に入りさらに北に進んだ。土手道から工場の敷地に入り込んでしまい、その裏手に続いていた墓地の真ん中でさすがに途方に暮れた。
真夜中の2時に僕は真っ暗な墓地で何をしているのか(酔っているので案外怖くはないのだが)。
操業時間外の工場とその隣の墓地。夜にそんな場所に誰も用はないから、何の照明も点いていないのである。
これはおかしい。引き返そう。僕はどっちから来た? やばい、それも思い出せない。
そういうときは空を見ろ。空が明るい方が都会だ。少なくとも明るい方に大きな道がある。
パニクっているとそんな判断も早くはできないもので、しばし逡巡の後、なんとなく明るく感じる方へ歩いて行き、工場と墓地の塀をかいくぐって、ようやく幹線道路に出た。
道路標識で東西南北を把握し、そこからてくてく歩いて明け方に家に帰り着いた。身も心もボロ雑巾のようになっていた。
え、そういうときはタクシー乗れよって? と〜んでもない。そんな優雅な暮らしはしておりませんことよ。
みんな終電なくしてタクシーとかよく言うよね。無理、無理。
もちろんお金がもったいない、が一番だけど、でもボロ雑巾みたいになってでも、夜道歩いた方が面白くね?
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なんか締まらんけど、すみません今月はこれにて。

カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

なぜそう読めたのかわからないけれど、なんだか愛のはなし。と、思った。
レビューにあたってそれを紐解く。
色々と、大小の好きな気持ちを詰め込んだような今回だから、という単純な理由ではない。

原稿をもらった時のタイミングの自分の心境が、大きく影響したのかもしれないのだけど、
一度目に読んだのは、久方ぶりに声をあげて泣き崩れてしまったすぐ後だった。

悲しいことが起こったとかすごく怒ったとか、そういうことではなく、そうする他なかっただけで、誰がどうとかそういう事ではない。
昔、どうしょうもなくどうしょうもない、どうしょうもなさによく泣いた。

やさしくなりたい、みたいな、そういう願いが強くある時、どうしょうもないので、わたしは泣くしかできない。

あんなに泣いたのに、何年経っても何も学ばなかったじゃないか、と、現実が見えてしまった。
言うなれば、そういう事だった。

ぽつぽつ、なにという事でもなく話しかけてくれるみたいな、そういう話やことばに宿るのは、結構、愛だと思う。
話し手には、一切そのつもりがないくらいの方が、わあ、と思うようなやわらかさで耳に届き、しばらく余熱にさわれそうな心地にまもられているような。

別段、自分に向けられてもいないが、自分も含めた誰もが受け取る権利のあるやさしい話を、ひとつ、愛なんだなぁ、と、思った夜だった。

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