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2F/当番ノート

明珠掌在-大切なものは手の中にある-

当番ノート 第52期

手の記憶

神様の持っている袋一杯の美しいもの

それを人はきらめきと呼ぶんだけれど

その煌めきをばらまいてしまうところから

このお話を始めましょう

そもそも神様は

その煌めきにうんざりしていました

人は眩しい、綺麗と賞賛するそれも、当の神様にはただの暗がりでした

そうしてある時思ったのです

そんなに欲しいならくれてやろうか、

この暗がりを、暮れてやろうか

そうして神様は袋の口を開き

開かれた袋の口からはまばゆい光がこぼれ落ちました

その無数の光の粒を拾おうと

人々は夢中で手を伸ばしました

「ほしい ほしい」

光が射してキラキラ見える小さな埃にさえ
人々は夢中で手を伸ばしました

きれい きれい

いたい いたい

人は懸命に手を伸ばし、両の手のひらに包みました

いたい いたい

いたい いたい

やけて こげて ひび割れて

それでも決してこぼさぬように

そうやって空っぽの手のひらを

きつく、握りしめていたのです

ああ

まぶしいことはいたいこと

焼けた後は静かです

そこは

真の暗がりになりました

皐月 -サササ-いよいよ白くなる。
アルマイト弁当箱、水、サンキャッチャー、鏡など/2012


「天孫降臨」

この時、中津国は天も地も暗く、

昼と夜の区別もなく、

人は道を失っていましたので

ニニギノミコトは手に持つ稲穂を抜いて

その籾種を四方に撒き散らしたところ、

たちまち天は晴れ月も日も照り輝いてきました。

やがて撒かれた種のひと粒ひと粒から

沢山の稲穂が育ち人々の糧となり、

葦原は稲の実る豊かな国に変わってゆきました。

(参考/日向国風土記)

お米宝来
紙/2011


「この世でひと粒でもあの世に行ったら一俵になる」

穂落とし神
薬包紙、籾種、麻紐/2012


手のひら」

悲しみを

詰め込むにはまだ小さすぎる赤ちゃんに

ほんの少しの幸せだけを詰め込んで

世界に送る

そんな風にして産まれてくるから

赤ちゃんを見れば

微笑まずにはいられない

神様のくれる 平等にくれるそれを

小さな両の手でぎゅっと包んで

大切に 愛おしむように ぎゅっと握りしめて産まれてくる

どんなに小さすぎる赤ちゃんも

力一杯握りしめて

やがてママにだっこされて

赤ちゃんはゆっくりと手のひらをひらいて

神様の贈り物を分かち合う

手のひらを見せて

小さな両の手のひらに 星と星とを繋いだみたいに

未来図が見える

手を洗っても消えないその線を

運命 なんて呼ぼうか

お米の子育て
/2012


夏祭りの夜、

暗いと弱視のむつこさんにはあぶないんじゃないかと思って心配していましたが

たくさんの提灯がぶら下げられていて、外はとても明るかったのです

これなら安心して道を歩ける、と思って部屋にいたむつこさんをお祭りの会場に誘いました

たくさんの人があつまるにぎやかな場所、

踊りの連のみなさんが出番をまっている、

明るい場所

そこで、むつこさんはぴたっと立ち止まって進めなくなってしまったのです。

そして

「まぶしくて何も見えない」とおっしゃったのです。

国内の国立ハンセン病療養所や、韓国のハンセン病回復者村で活動する団体に、ほんの2年ほどの間だったが参加していたことがある。

隔離政策によって社会から排除されたこと、らい予防法によって断種され未来を閉ざされたこと、弱視、様々な後遺症、真っ暗な闇の中であっても、灯火を絶やさなかったご夫妻にわたしは出会った。

どんな状況にあっても、自ずから光を放てば、闇を照らすことができる、とは明石海人の、ことば。

real(4/35)
和紙、インクジェットプリント、線香/2018


明るい場所に行きたい

太陽を直視すると目が焼けてしまう、それでも、

日の目を見たいとわたしは思った。

日の目みる
和紙、線香 /2019


「明珠掌在」
大切なものは外の世界ではなく、既にあなたの手の中に在る。

遍照
古書「宗門無尽灯論」、線香/2017


今後の予定
7月1日(水)より毎日、「碗琴道」のライブパフォーマンスを行います。 
詳細はこちらをご覧ください。

黄金町バザール2020-アーティストとコミュニティー Vol. 1参加作品 
http://koganecho.net/koganecho-bazaar-2020/news/2020/06/post-1.html

安部 寿紗

安部 寿紗

お米にまつわる作品を制作しています。​
2019年5月より黄金町アーティストインレジデンスにて活動しています。
2020年7月1日〜10月11日まで、お茶碗を並べるパフォーマンス作品「碗琴道」を毎日Instagramでライブ配信しています。三度の飯くらいクリープハイプが大好きです。

Reviewed by
はしもと さゆり

今回最初に、アパートメント編集部の方からレビューを書きませんかとお誘いを受けたとき「お米にまつわる話」と聞いて、なんとなく、まず、ほかほかに炊けた白飯をイメージしていた。だけど、どうやら、安部さんの手がける作品の多くに登場するのは、田んぼから収穫されたままの、一粒一粒のタネみたいなお米の方かなと思い浮かべている。

明珠掌在(みょうじゅたなごころにあり)今回のタイトルにもなっているこの言葉は、禅語で「大切なものは外の世界ではなく、既にあなたの手の中に在る」という意味らしい。

稲作をはじめた私たちの祖先は、ひとつの土地に留まって、田んぼを守り育てるように暮らし、まだ見ぬ別の世界ではなく、目の前の風景やその手の中に、大切なものを見出すようになったのかもしれない。季節は巡り、小さな命が次々に生まれ、大切なものとして、その掌の中にそっと握り込むのかもしれない。

***

昨年、第一子となる息子が生まれた。なるほど道理で天使のモチーフは赤ちゃんなんだと、ふいに納得してしまうぐらい、突然地上に舞い降りてまわりのすべての人を笑顔にするような、真っ白い無垢さ、幸福の塊の感じがあった。人生には、こんな幸せが待ってたのか、と大げさに驚いた。

生まれたばかりの息子の手を見て「なんて長くて綺麗な指なんだ。将来は大工かピアニストか」と家族で喜んだ。その様子を聞いていた助産師さんが、横でふふふと笑った。どうやら、赤ちゃんの指はその掌に比べて大きく生まれて来るらしい。ふにゃふにゃした姿と対照的に、手だけはいっちょまえ、立派な指をしっかりと握って彼は私たちの前に現れた。

安部さんの作品、「遍照」の写真を見て、そんな、私の中の大切なできごとを思い出した。大切なものを包もうとする、その掌のような、窓からの光、無数の粒々の光に、はっとさせられた。

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