あのね、

第6期(2012年12月-2013年1月)

なんとなくずうっと想いや気持ち、言葉にしないままでいた。
幾らかのでこぼこのない毎日でも、続けていれば様々なことがある。
こころ揺らぐような大事件なんてない。
わたしの毎日はたおやか。なのに。
そんなわたしですらいろいろを感じて、くるくると表情を変えている。
そういうことを言葉にせずにいました。
やんなきゃいけないことじゃなかった。
したいことでも、したくないことでもなかった。
だからなんにもしなかった。

気付いたことがある。

わたしを振り回すのはきみじゃない
わたしが手に負えないのはきみじゃない

だから、きちんと残したいとおもった。
つづけてきた今日のこと。
つづけてゆく今日のこと。
いつかわたしの手で宝物にする。
今日は、はじまりの日。

今日、朝もしっかり目覚めてお風呂にも入って。
だけど学校にいかなかった。
そういう気まぐれさを星の数ほど積み重ねて、
たくさんのものや人を失くしたり取りこぼしたりしてきたのだろうなと思う。
「ゆるされる場所、というのはあたたかいけれど苦しい。」
わたしがへらへら笑ってる間に、
ほんとは見てなきゃいけなかったものに気付かずに、
あるいは気付かぬふりをしたりして、
そうっと遠避けてきたのだろうな。
泣くの似合わないよ、笑ってなよって痛みを引き受けてくれた誰か。
見るべきものなら引き受けてくれようとする誰かに渡さずにね、
自分で受け取ってみたいと思うけれど、
これからも変われずこのままなのかな、わたし。

夕方になってひさしぶりにスーパーに出かけた。
帰り道に見た空が、生まれ育った町の夕暮れに
ものすごく似ていて苦しくない涙が流れた。
顔をくしゃくしゃにしなくても流れる涙。
青と黄がうまく混ざった暗い夕暮れ。
なまなましい。季節が変わってく。

夕飯にはラタトゥイユを作った。
自分のために自分で作るごはん。
そうやってできあがったごはん。
「わたしの味」に、わたしはひどく安心する。
そもそもあまり作らないから、
いつのまにか同じものしか作らなくなってしまった。
いつも無性に食べたくなって、いつも同じものを作る。
作るたびにわたしの味ができあがっていくのは嬉しい。

料理といえば、いまわたしはキッチンで眠るうさぎを見てる。
よしもとばななさんの「キッチン」を思い出す。
わたしの部屋のキッチンはおどろくほどにせまくて
母親はキッチンの話をするたびに
「あそこで料理をする気にはなれない。」と言う。
ここに住んだいろんな人たちがきちんと汚していったキッチンを
わたしは意外と気に入っている。(せまいのは嫌だけど。)

日曜日の真夜中に酔っぱらいながら腕にピアスをあけた。
もう癖みたいなもので困っているのだけど、
その日は実家の犬が手術をした日だったから。
縫合跡の写真付きのメールが母親から届いていた。
うるうるした目。くったりとした前足。お腹の傷。
うちの犬は話せない。(世の中の大半の犬はそうだと思うけど。)
言葉にできないことの強烈さに打ちのめされてしまう。
頑張ったねと言ってあげたかったのにたくさん泣いてしまった。
かなしかったな、うん。かなしかった。
そういう気持ちを痛みに逃してしまう自分を
弱いと思ったことはないけれど
いつまでもこうしてはいられないな、とは思う。
きっとこれから考えたこともないような
考えたくもないような身を切られるような想いを
何度も何度も繰り返していく。
きっと。

2012.06.06 PM22:37

(あのね、それでも、だからこそ、わたしはひかりのまんなかで生きていきたい。)

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「あのね、」

やわらかく、かわいらしく、やさしく、わかりやすいけれど。
あのね、カンタンじゃないと思うのです、この言葉。

ほんとはかっこいい
きみの「あのね、」
ほんとは泣き虫な
わたしの「あのね、」

呼びかけるわたし。
言葉の行く末のきみ。
わたしからきみへ。
きみからわたしへ。

蒔かれた種のわたしたち。
伏せた目ときゅっとつむった口。
それでも「あのね、」と視線を向けたい。
視線の先にあるものはそれぞれに違うけれど。
その先にあるちいさな決意も、違うけれど。

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「あのね、」展

会期:2013.01.12(土)〜02.01(金)

場所:町田 SIGHT BOX Gallery
   東京都町田市中町3−5−6 1F
tel : 042-720-2305 (Beat Box Cafeと共通)

かみはら えみ
とまべち みお
長谷川 珠実
原田 教正
森 勇馬
わかばやし まりあ