雪の日

第6期(2012年12月-2013年1月)

その日はあめかぜの音で目が覚めた。
雨粒がガラスを打つ。
おなかが重くって体がだるい。
どれだけ待ってもわたしの住む町に
雪は降りだしそうになかった。

手ざわりのない世界は一面の雪景色。
手ざわりのある世界に雪なんて一粒も降らない。

わたしはじぶんがどこにいるのか分からなくなってしまった。

雪の降る前の日の夜、生理がきた。
あたまを動かしたいのに
からだを動かしたいのに
子宮はわたしのすべてに近いいろいろを
ぜんぶまんなかへ集めてしまう。
溶けも滲みもしないのに
ふくらみも縮みもしないのに
体と世界を正しく隔ててきた境界線が消えてゆく。
というよりは、境界線の数ミリ内側にある
わたしの輪郭線みたいなものが消えてゆくのだ。
そのことで自分の存在をつよく感じる。
不思議な感覚だとおもう。
なぜかはわからないけれど
宇宙に境界線や輪郭はない、そう思った。
そしてそれは決して頼りないことではない。
すこしの断絶もなく内に意志ある生命を抱きまもる。
あまりに大きくて遠いから
手をのばしてもわたしには届きそうにない。
揺らぎやすい弱さを手放してしまいたくなったのはいつだったろう。
なめらかな肌にそっと手をあてる。
乾いた肌は砂漠のようで。
わたしが守るちいさな宇宙の呼吸に耳を澄ませた。

それから電車に乗った。
隣り合う2つの世界を
わたしはきちんと擦り合わせてく。
なるほどな、と思った。
20分も揺られたら雪が降り
それは無遠慮にどかどかと地面に積もっていく。

雪が降るということも
かさなって結束してゆく雪も
はじめて見るわけではないのに
わたしはその光景をはじめて見たと思った。
なんてきれいなんだろう。

手に乗せた雪はすぐに溶けてゆくけど
コートについた結晶が
しばらくのあいだそこに留まったから
冷えきって赤まった感覚のない手指にも
体温があることを知った。
電車がレールに乗った雪を踏むのはおもしろい。
にぶく揺れる車体。
振動と音が同時にからだに滑り込んでくる。
歩いて得る感覚とはまったくの別物。
知らない揺れや音にこころが動いた。
それから、ほんとうの寒さには
匂いがあるのだなと感じた。
あたりまえに雪が降る場所では
とてもいい冬の匂いがするんだろうなと想像する。
わたしが今まで過ごしてきた冬が
どれほどの冬だったのかを想った。

すこしだけ忘れかけていたのは、
すばらしい世界にはいつもつづきがあること。

帰り道、星はとてもきれいだった。
いつもは見えない星の明るさを知った。
どれだけ見ても足りないわたしの目。
見たい、知りたい。いつだってそう。
見えない光を人が捉えられるまでに
透き通らせる雨や雪は偉大だ。
空気中の塵やゴミを地面に打ち落としてゆくのなら、
積もるほどのそれはいったいどこにゆくのだろう。
いつのまに再び舞いあがってゆくのだろう。

あの日、わたしの町には
雪が降った跡なんて
やっぱりすこしもなくて
うちに帰り着くころには
おなかの痛みもすこしマシになっていた。
わたしはたったひとりっきりで
夢を見ていたみたいだった。