青い路線の白い駅

第9期(2013年6月-7月)

りんねてんしょる

 お休みの日。窓越しの空で電車の音がする。踏切の警報機。いくつも並んだ車輪の音が、青い空の岸を大きく曲がり、雲の森へ入るのを、ソファに埋まったまま見ていたら、器の割れる音がした。

「うわ、ごめん」という声に、ソファの背もたれ越しでキッチンを見れば、太郎さんが割れたお皿を警戒しつつ、機嫌を伺うようにこちらを見ている。
 私はいいよと伝えるつもりで、「にゃーお」と一言口にした。
「だいじょうぶ、怪我してないから」と太郎さんが真顔でいうので、私は「にゃむ」と返事をする。
 風がやってきて、白い洗濯物の薄い影をふらふらとゆらし、白いソファのまわりを波打ち際のようにした。休暇旅行中の錯覚に、少し身を委ねていたい。体はここで、心だけの。

 ああ、もう、お休みの日は、失敗の後にやってくる。出来なかったわけじゃなく、足りなかったことの後にくる。
 
「電車きた?」と太郎さんがいいながら、ひょいと出窓のひだまりに腰掛けて、レースのカーテンを顔でよけながら外を覗いた。
 次の電車はまだちょっと先です。私は「んーににゃー」といいながら、全身で伸びをしてソファーの中に収まり直した。

 ぼんやりと、わかっている。結局、足りなくて損なわれたとしたら、もう一度試しても、別の形で損なわれるのだな。
 くりかえし、かえし、まわって、めぐるめぐる、もう、りんねてんしょるか、いっそ、にゃー。

「うー、にゃーっ」と、急に大きな声を出したら、太郎さんが驚いて、出窓に置いてあったペンスタンドを落っことした。
 目を合わせると、耳をピンと立てた太郎さんが「だいじょうぶ。無事だったから」と、胸をなでおろしまではしなかったけれど、いかにもそんな様子でいる。ご機嫌伺いのように尻尾の先を揺らして私の反応を待っている。私は「もう、しょうがないな」とニホンゴで言う。

 そうだ。今日はお休みの日だったよ。
 ソファの中から見上げる青い空で、踏切の警報機が鳴っている。電車の音が雲の森を出て、空の岸辺を大きく曲がり、それがベランダで揺れている私の白いシャツの、胸のポケットの辺りでゆるやかに停まった。