“不確かな私の確かなゆらぎ” 臼井史 × 森田れい時

第9期(2013年6月-7月)

watashi
 挿画:臼井史(アパートメント) 文章:森田れい時
 
 
 
『不確かな私の確かなゆらぎ』

 
 高速バスは時間通りにターミナルを出た。乗車前に買ったサンドウィッチは、お茶のペットボトルと一緒に、バス・ターミナルの待合室に忘れてきた。鞄から取り出した音楽プレイヤーは、電池が切れていた。
 感傷に浸るタイミングも逃して、わたしは、窓の外に過ぎ去る建物や、角度だけ変えていく雲をぼんやりと見ていた。
 なんだか起伏のない旅心地だった。バスも高速道路に入ってから一定の速度を維持しているし、車窓の景色も、順番に現れて淡々と流れ去っていく。
 窓の中で、呼吸するように上下する電線。過ぎていく果樹園。小高い石垣の上に建つ家の、ベランダにぶら下がった布団。ふと忘れてしまうほど同じ調子で続く、ディーゼルエンジンの音。運ばれていくわたし。
 ガラスに焦点を合わせると、動かないわたしの顔が映っている。車窓のわたしは平べったく、透き通り、向こう側を流れて行く景色と重なって、山肌のグリーンや、防音壁の灰色模様になった。

 こうやっていると、変わりゆくのは景色のほうで、代わり映えしないのが、わたしの顔だった。動かないでいるわたしの顔色は、流れる景色によって、塗り変えられていくように見える。
 色とりどりの彩色を施されて、私の表情は、それなりに、せわしく、移ろってみせる。

 わたしの顔色が山裾の緑になると、少しは優しく微笑み掛かってみえた。看板の文字に重なると、主張を声高に通そうとした。時には防音壁の煤けた汚れになり、くたびれた顔に非難めいた色を込める。状況に揺蕩う、感情のお面。これまで、わたしというものが確かにあったのかどうかも、怪しいと思う。
 車窓に置かれたわたしの表情は、待ち人のいない空っぽのバス停になり、階段のように下る用水路の水になり、目の出始めた作物の育つ畑になり、枯れた休耕田の藪になり、トタン屋根の錆びた物置になった。
 急にあぜ道を走り出す園児服の子らが被った黄色い帽子の群れになったあとで、ぽつんと現れたセブン・イレブンのがらんとした駐車場になった。

 少なくとも、ここよりは知らない町の、過去よりは新しいやり方へ、わたしは流れていくつもりだった。でも、これは新しい旅立ちの物語なんかじゃなくて、上映の終わった後に流れる、エンディング・クレジットみたいだと、わたしは思う。
 まとまりのないまま終わる映画の最後に、配役の紹介が淡々と流れている。状況が作り出した不確かなわたしのリスト。いまはちょうど町外れのボーリング場の屋根。バイバイ、わたしらしき、町。とても残念なお知らせになる。

 音がくぐもって周囲を包み、わたしの顔だけを残して景色が暗転した。バスがトンネルに入ったのだ。
 車窓の暗い色の中で、ぽつんとひとりぼっちのわたしは、薄い窓ガラス一枚の厚さの中に座っている。
 わたし。
 暗転した背景を背にして、座席のピンスポットに照らし出されているわたし。不確かなわたしがひとり。顔には何の色もない。
 エンディング・クレジットも終わり、終演後の映画館にぽつんと座っているようで、わたしは、ようやくちゃんとしたひとりぼっちになった。
「ちゃんとした、ひとり」
 わたしは口の形だけ動かして、それを窓に映してみた。

 途端、まぶしいほどの外光が差し込み、こもって響いていたエンジンの音が、一斉に放たれたように散って、ひらけた風景へと広がっていった。バスがトンネルを抜けたのだ。
 窓の向こうを、明るい雲が流れていく。光の加減か、車窓にわたしの顔は、もう映っていなくて、光景は余すところなくわたしの目の中に映っている。
 光景は、わたしの目の中に一度滞在してから、離れていった。流れこむ光景の連続は、わたしの中で色の濃淡を変え、ろうそくの炎のように揺れながら、留まることなく去り続け、去り続ける分だけ途切れなくやってくる。
 出来事は移ろい続けた。わたしという点で像に結ばれたこのゆらぎは、わたしという今に、確かに、確かに灯り続けていく。
 いま、流れる木々は耳を澄ませて緑だ。橋を渡る車が白くまばたきをして、神社の幟旗は書きかけの日記帳を赤く閉じる音にもみえる。色は音のように。音が文字のように。文字は光のように。
 雲の輝きはわたしの中にあり、わたしもここにいながら、あの空へ接続されている。

 高い空へ鳥が一羽、滑るように入ってきた。黒い刃先のナイフをキャンバスに突き立てるように、ぱっと空で羽を広げて返った。
 わたしはその鳥を一心に追っていた。
 鳥が飛ぶあの軌跡を、文字を読むように映そう。留まらない流れを、流れる文章のように、ここで読み上げていくのだ。
 不確かなわたしという地点で、確かに灯るゆらぎの鮮やかさが、その揺れを保ち続けて、呼吸している。

 不確かなわたしの、確かなゆらぎ。
 まばたきをするとき、まぶたが押し出した丸い粒が、服の上でぽつ、ぽつんと音を立てて弾んだ。今なら小さな出来事も、わたしを通して風景の全体へも響いて渡っていく。