ただでは壊しません

第14期(2014年4月-5月)

こんにちは、平吹正名です。正名という名前は、母親が大学生のときのゼミの先生から頂きました。
と、
春に文句のひとつも言いたくなる寒さの毎日、皆様いかがお過ごしでしょうか?

この一週間、武蔵野美術大学映像学科の授業に行っていました。
僕は主に、生徒たちがお芝居をするのをみたり、自分もお芝居のデモンストレーションをしたりしました。
お芝居は、携帯電話を見た見られたという状況の、短いテキストを用いました。
アクションとしては、A携帯を見ている→B部屋に入ってくる→B携帯電話を取り返す→A出て行く
というシンプルなものでした。
スタジオに単身者用のワンルームのセットがつくられていて、そこで生徒たちはお芝居以外にも
スタジオ機能を担務毎にローテーションで体験していました。
携帯電話を思わず叩きつけたり揉み合っているうちに飛んでいったり、なかなか色んなアクションが
あるよなあ大丈夫かなあ、と自分の演技も含めて感じていました。

で、
そんな日々を過ごしていたら、

携帯電話が壊れました。。

ずっと前から騙し騙し使っていたのですが駄目なようです。
新しくしようと思いつつも、せず、壊れ、でも何だか心は晴れやかな気分でした。

晴れやかな気分といえば、
以前、御嶽山という修験道でもある山に登ったことがあるのですが、そこから下山してゴール間近になったときの
感覚に近くなりました。
日帰りなので体はボロボロで重たいのだけど、気持ちは弾んで軽やかになっていったのを覚えています。
浄化ですね。

ヌルッと機種変更などするのではなく、ダイナミックに更新しろということなのかもしれません。
携帯電話のない3日間は、食べたり寝たりする営みをシンプルに味わったような気がします。
月並みですが、どれほど白い光を浴びて暮らしていたのかと思い知ります。

白い光といえば、
去年、原美術館で森村泰昌の展示を観ました。
最後の展示が凄く面白くて、現代は闇を見つめることが出来なくなった。眩い光に囲まれ一瞬目をつぶったときに
現代の闇を覗けることが出来るかもしれない、というようなコンセプトの作品でした。
背筋が伸びるような感覚になりました。

闇といえば、
闇は日常と隣り合わせだったはずなのに、いつの間にか排除されていき、街の風景も均質化されてイオンモール化している。
つまらないですね。行ったら行ったで楽しんじゃうけど。
でも、つるんとしたなかに息吹はあるのか。ノイズが街を形成していたはずなのに。
「サウダーヂ」ですよ。イケてない飲み会のあと、シャッター街を歩きながら静かにライムを歌うのが、
現代の魂の叫びだと痛く思うし、光と闇を映し出していると思います。

意識的に暗闇に手を伸ばすこと。

谷崎潤一郎の「陰影礼賛」も素晴らしいけど、生身の身体でもってダイレクトに光と闇を見つめ、
忘れてはいけない感覚を取り戻したい気持ちの3日間でした。
携帯壊れてありがとう。

いつかの子供の頃のように、ギリギリまで真っ暗な闇に潜り込もう。
疑問はポケットにしまい招きに歩み寄ろう。
単発の気泡でいいじゃない、誰かが掬って飛ばしてくれる。
瞼を閉じて光を感じる時間がわたしの時間。

平吹正名