【ぎっくり腰による閑話】どうにもならないことを

第15期(2014年6月-7月)

2ヶ月の入居期間のうち半分が過ぎ、さて折り返し地点、最終地に向けて舵取らねばと思っている矢先に、ぎっくり腰にやられました。
フラフープ教室の先生でもあるのに。
しかも先週半ばにほぼ裸でのショウがあったためか風邪も引きまして。そして迎えた週末の現場は仙人が住んでいそうな山奥のキャンプ場で、この時期ですから雨降ったりやんだりで、間断無いくしゃみに激震の走る腰。

そんなこんなで東京帰ってきまして、先週の続きを書こうとするも、もう一筆も進まない。
考え考え書いている文章だと頭だけじゃ無くからだにも力が入るのか、ほんとうに一筆も進まない。
苦痛に脂汗を流しているさまを見かねた管理人さんが「腰痛のことでも書いたら」と仰ってくださったので、ありがたく息抜き回として書かせていただきます。

—–

とにかくぎっくり腰というものはどうにもならない。
わたしなんぞはほかの部位の筋肉がものすごく発達しているので体起こしていたりある程度動いたりもできますが、それでも安静にしているほかない。

ぎっくり腰をまだ経験していない方、あなたはさいわいです。どうぞそのままで一生すこやかにお過ごしください。
ぎっくり腰を繰り返している方。不幸ですね。わたしもです。
で、そういうひとはたいていが休み下手です。

ぎっくり腰って、痛みが引いてもまだ治癒半ばなんですよ。
完治には最低三ヶ月から半年かかるの、ご存じでした?
原因やしくみなどあまり分かっていないところがあるようですが、ようは急激に痛めた筋肉や靱帯などもろもろがきちんと修復するのに最低三ヶ月はかかるということです。

見えないものってとかく忘れられがちですよね。
慣れてしまった痛みもそう。軽視されがち・しがちです。痛いのに。
自分ではもうどうにもできない、時が経つのを待つほかないもの。待っていることすらうっかり忘れてしまいますよね。

ってことは、おそらく人間ってそういう風に設計されている生き物なんですよ。
だからといって、そーかじゃあしょーがないかと全面的に受け入れてしまうと、この先何回もこの苦しみを味わう羽目になる。それはさすがにたまらんですし、なんのための大脳皮質かと。

さて、ではどうしよう。
休み下手で、自分の痛みに鈍く、だいたいの辛いことを忘れてしまうわたしが、さきほど周りを見渡してふと目にとまったのが梅です。うめ。

わたしはこの時期毎年梅を漬けたり干したりするのを習いにしています。春の桜と同じで、この先何回漬けられるかが楽しみな年中行事です。
そして梅干しにせよ梅酒にせよ梅シロップにせよ、下ごしらえと仕込みを終わらせてしまえば、あとは基本的に待つのが人の仕事です。
梅干しは漬けて干すまでに梅雨を越さねばならないし、シロップは早くても2週間は必要で、梅酒は最低半年は寝かせます。
しかしただ待てばいいというものでもない。

たとえば梅干しだったらカビが発生しないよう梅酢にちゃんと漬かっているか、紫蘇にまんべんなくあたっているか。梅シロップだったら砂糖の溶けが悪くないか、発酵してないか。梅酒はまあわりと放置でもだいじょうぶ。
ようはちらちら様子を伺って、必要があったら手を入れて面倒をみる。そういうつかず離れずのスタンスが肝要です。

うーん、じゃあこの梅たちを面倒みるときには、抱き合わせで腰のことも考えてみるか。
忘れちゃいそうだから、瓶に「腰」ってラベルも貼るか。

2014-07-01 10.37.14-2

貼ってみました。
(なんかデイリーポータルZみたいになってきたな。まあいいか。)

おざなりになりがちなことにも、これで多少は気が配れるように成るでしょうか。

ちなみにわたしは作るのが趣味なだけで、梅干しは滅多に食べません。
欲しいという方がいたら差し上げますので、コメントください。