【第7話 嘘とヤバい女の子】

第19期(2015年2月-3月)

【第7話 嘘とヤバい女の子】

■磯良(雨月物語)

上田秋成の《雨月物語》の中の一話「吉備津の釜」には好きな男に騙されて死に、好きな男を騙して殺す女の子が登場する。
彼女は名前を磯良(いそら)という。

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彼女の夫 正太郎は何度も恋に浮かれて浮気をし、見かねた両親に座敷牢に入れられる。
正太郎は愛人と別れるために要ると嘘をついて磯良に金を工面させ、その金を持って愛人と逃避行の旅に出る。
磯良は焦がれて死に、愛人を呪い殺して正太郎にせまります。正太郎は殺されてたまるかと家中に札を貼り立てこもる。42日間物忌みをして呪いを振り切ろうというのです。
磯良は毎晩屋敷を訪ね、「ああ、ここにも”素晴らしい”お札が貼ってある」と言う。
42日目の夜、部屋の外から知人に「もう朝ですよ、出ておいで」と声をかけられて正太郎が襖を開けると、そこには知人はおらず、ただ夜の闇があった。知人のふりをして声をかけたのは磯良だった。
男は騙されて死んだ。

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子供はすぐ嘘をつく。これは無知だからです。子供は嘘をついたときに発生するリスクを知らない。子供が嘘をつくと大人は叱ります。道徳の時間が開催され、作文を書かされる。私たちは何年もかけて、人は嘘をつかれると嬉しくないということを知るのです。
ではなぜ、モラリティの教育を受けた大人は嘘をつくのか。嘘をつくことは何が悪いのだろうか。
私は、騙すという行為は相手に取らせたい行動がある時にしか成立しないと思います。
相手に求める渇望があるにもかかわらず、このまま順当にいけばその行動を取らない。だから騙して思い通りにコントロールする。
嘘をつくのは相手に希望があるからです。そしてその希望に沿わない場合、相手に価値を感じない。嘘は、ごく狭小な愛だ。
お金が欲しい。交際を取りやめたい。接吻したい。働きたい。働きたくない。構わないでほしい。うらみを晴らしたい。仕返ししたい。ころしたい。愛したい。
嘘は、相手の心づもりをまったく無視して、自分の希望のために思考停止させるためのものだ。それはもちろん誠意のないことです。大人になってから400字詰め原稿用紙に反省文を書くなんて、みっともない。だけどみっともないことを承知で練り歩く嘘つきを呼びとめて「モラルに反しますよ」と咎めることのナンセンスさ、益体も無さといったらどうだろう。「何をしても、どんなひどい目に遭っても欲しい」という覚悟をどうしてエシックでとめられるだろう。
嘘は最悪で、どぶねずみみたいにプリミティブで、らんらんと輝いている。ねずみに「家具を齧るのは道徳的に良くない」と言っても通じない。家具を齧るのは良くない。そして生き物はうつくしい。

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「嘘をつく」ためには、二人以上の人間が必要だ。「自分に嘘をつく」場合でも、嘘をつく自分とつかれる自分の二人がいます。そこには恋い焦がれる感情がある。そして嘘をつくことで必ず孤独になる。
正太郎の悲鳴を聞きつけて駆けつけた知人が見たのは、大量の血と男性の頭髪だけだったといいます。磯良は嘘をついて正太郎の命を手に入れた。そしてひとりになりました。
Isolation、私たちは誰といてもひとりで追い求めているものがある。どんな目に遭っても欲しいものを手に入れてほしい。君になら、騙されてもいいよ。