【第8話 体とヤバい女の子】

第19期(2015年2月-3月)

【第8話 体とヤバい女の子】

◾︎ろくろ首 およつ(列国怪談聞書帖)

十返舎一九の『列国怪談聞書帖』に登場する女の子 およつは首がのびる。
彼女は愛しあって駆け落ちした恋人に、金のために殺された。恋人の名は回信という。
回信は駆け落ちの途中で金と未来が惜しくなって彼女を殺した。ひとり楽しく暮らす回信は旅先で宿屋の娘と懇ろになる。ピロー・トークの最中、にわかに娘の首がのび、およつの顔に変わる。およつは長い首を揺らし、「絶対に許さない」と言う。

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果たして彼女の首はのびる必要があるのだろうか。
ろくろ首は大きくふたつに分かれる。ひとつは首が胴体からはずれて独立するタイプ。もうひとつは首がのびるタイプだ。
首が胴体からはずれるタイプは獰猛で狂暴だ。人を襲ったり殺したりする。 例えば、小泉八雲の書くろくろ首は旅人を食い殺す。
首がのびるタイプは、ほとんどの物語ではただのびるだけだ。およつのように怨みを晴らそうとするケースは珍しい。

ところで、女性の身体は経年とともに変化する。
子宮が成長するし、胸に肉がつく。髪を長くのばすことがあるし、たいてい体毛を広く処理する。加齢によって皮膚や体型が変形する。出産をした場合には体調や感覚が想像もつかないほど転換する(と想像している)。
今日の風習として、女性の評価は体の変化に伴って変動することが多い。これはババアとかデブとかいう悪口が成立するということです。
私たちは自分の姿形がどんどん変化していくことを本能的に知っているし、現代社会においては望む望まないにかかわらず、自分たちの評価が体の状態によって上下することが多いことを経験と教育から知っている。
私たちは理想の体型を夢想することがあるが、理想と現実が剥離している場合、自分の「妥協」できるポイントを自己努力で見つけることができる。
変化は、私たちにとって近い。

回信の愛は変化した。それを彼は「殺す」という行動で示した。およつはその心変わりに対抗して首をのばしたと私は想像します。
愛が変化して憎しみに変わったことを、首をのばすことで表現できたらどれほどすっとするだろう。私たちは常に変化する。そしてそれは、いつも力強い。

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友達どうしで集まって「あなたは首が長くてきれいで、いいわね」と羨んだりすることがあるが、何メートルもある首は一般的に持て囃されないかもしれない。「ちょうど良い」長さではないからだ。
それでは「ちょうど良い」とは何か。私は、ちょうど良いとは「日常生活に便利」とか「生命に危険をもたらさない」とかいうもの以外意味がないと思います。なぜなら、これは特に目新しい意見ではないですが、「良い」の定義も私たちの体と同じようにどんどん変化するからです。(首が何メートルもあると日常生活に不便だし、ちょっと生命に危険をもたらしそうですが。)件のルミネのCMは文化の発酵だ。

これまで散々ぐにょぐにょに変形してきたのだから、首をのばすくらい朝飯前だ。首がのばせると遠くからでもちょっとお喋りしたり、親愛の接吻を交わしたりできて楽しいだろう。嫌なやつの鼻を噛んだり、巻きついて転ばせたりもできるし。
変化できるのは首だけとは限らない。屈強な精神を表すためにムキムキの筋肉を手に入れたり、ミニマルな愛を表現するために丸坊主にしてみてもいいかもしれない。永遠の情を伝えるために老人のような肌にするというのも案外粋かもしれない。

私はまじめだし、ほんとうは明日は学校や仕事があるけれど、ちょっと悪い方へ変わっちまって、サボって君に会いに行こうかな。どうか、首を長くして待っていてね。