「アタシ」のすヽめ

第27期(2016年6月-7月)

告白をしたい、と思ったのです。
告白、と言っても、愛の申し出、秘密の暴露、取るに足らないこと、重大なこと、懺悔、様々あるけれど、そうではなくて、ただ告白をしてみたい、とそう思ったのです。
ようするに、嘔吐だ。誰もいらない、アタシの心の内容物を、あたりかまわず無分別にゲエゲエ吐き散らす。見て、綺麗でしょ、など言いながら、地面に散った吐瀉物をかき集め、そうして、三越あたりの包装紙で綺麗に梱包してから、手当たり次第に配るのだ。げえ、自分で言って反吐が出そう。こんなことがしたいのだっけ。いいえ、違います。ごめんなさい。汚いことばかり言って。
でも、そうでもしなければ、誰もアタシの心情の告白なんて求めてはくれないし、どうせ聞いている人なんてないから迷惑もないし、別にいいじゃないの。ふて腐れてしまった。
ああ、違った。誰も聞いていなかったら、告白でなく、独白だ。
こうして夜なべして、告白のための秘密を編んでいても、すぐに意図がほつれて絡まって、なんにもならない。知らぬ間にもう朝だ。朝は嫌いな日と好きな日がある。今日は、嫌い。
空が明けていくのがつまらない。雲に溶けたお日様の姿は灰色で、とくに予定もないアタシに、どれだけ眠っても同じ日々が続くといって、憂鬱を注いでいるのだ。本当は一日の始まりを楽しい、嬉しい予感で胸を踊らせて迎えられたら、悲しく一日を終えたとしても、どんなに素敵かと思うけれど、案外それが出来る人というのは、一日の終わりがもうはじめから、見えている人なのかもしれません。
アタシはまだ、今日の終え方を知らないから、そんな気持ちになれないのかしら。お天道様も、別にアタシを憎んでないのに。
こんばんは。初めまして。あなたに向かって言っています。そこは昼か、夜かはわかりません。アタシは夜が好きなので、そう挨拶をさせていただきます。あなた、という人がいるかどうかも、わからないけれど。聞いている人がいないと、告白もなにもありませんから、きっと居てください。

もう深夜の液晶を彩っている、テレビショッピングもとっくに終わってしまいましたよ。カーテンを隔てた窓から藍色が滲んで、電気はもう消して良いくらい。「カー」だの「アー」だの、カラスの声に急かされてはみるけれど、しなければならないことなんて、なんにもないアタシです。焦燥感だけ募って、やり場がないから困ります。

昨日、アタシは学校を休みました。ええまあ、それも告白の一つかもしれないけど、そんな事しょっちゅうだし、特に秘密でもありません。学校を休んだのには一応理由もあるのです。いつも学校が終わってから、少し大きめのバルと言おうか、居酒屋と言おうか、大阪のミナミの地下にあるお店で、アルバイトをしています。昨日は街コン、とかなんとかいう、大規模合コンみたいなパーティで、正午からお店の貸し切り予約が入っていたのだけど、朝の仕込みから出勤するはずだったアルバイトの相坂君と連絡が取れなくなってしまい、朝、アタシに出勤してほしい、と電話があったのでした。
一介の学生に、朝から代理で出勤を求めるような所はロクでもない、辞めたほうが良い、と思うかもしれませんけど、いいえ、無理もないんです。アタシは歳を誤魔化して、本当は17のところ、20歳のフリーターと偽って働いていますから。学生アルバイトが多い中で、アタシに白羽の矢が立つのは、凡そ理に適っています。
それに、きっと電話がこなくても、学校には行かなかったと思う。学校は、あんまり好きでないのだ。
店からの電話にでて、出勤しますと告げて電話を切ったら、普段、人からモノを頼まれない人間だから、心臓のあたりに優越の芽が生えて、生来の怠け癖も手伝い、アタシはわざと遅刻をしました。

10分程度のつもりが、30分、遅れてしまった。さすがにバツが悪いので、「朝の忙しい合間を縫って、息せき切ってやって参りました。」という苦し紛れの顔を作っておこう。知らない。全部、相坂君が悪い。
店へ入るには、地下へ続く螺旋階段を降りてゆく構造になっていて、朝は明かりがついていない分、暗くって、夜よりも不気味。階段を下っていくと、丁度その螺旋の終点、円の中央あたりで、店長の鶴さんが、待ち合いの籐椅子にクッションを並べている最中だった。
カンカン、と階段の手すりを叩いて、存在を知らせたら、鶴さん、アタシを見上げて、「天からキリストが蘇った」とでも言わんばかりの表情を浮かべた。要は半べそである。よほど、忙しかったご様子。アタシを見上げる角度と、その表情と、螺旋の真ん中に立ち尽くしたその一瞬の間が、あんまりよく出来ていたので、アタシの容姿がもっと美しかったなら、絵画のように見えたんじゃないかしら、と思う。翻って、現実のアタシはなんだか、美しい名画に付着した、シミみたいな感じ。
階段を下りきったら、鶴さんは「キリスト再臨」の表情を崩さないまま、わざと大げさに感嘆の表情でアタシを見つめて、「おそよう。」と皮肉を込めて言った。アタシはギクリとして薄ら笑い。でもそのおどけた顔に救われてしまって、「あの、遅れてすみません。」と素直に謝ることができたのだ。案外、キリストは、あなたのほうですよ。

鶴さんは肌の色が赤黒く、左の頬にニキビを潰したのであろう、青春の痕跡がいくつもあるのが玉に傷。でも、それ以外は、表情に卑しい気配が一つもなく、目、鼻、口に主張はないけど、骨格との調和を選んだ。といった感じで、端的にいうとハンサムである。髪型こそ飲食店の店長にありがちなツーブロックにオールバックだけど、今風の髪型のせいで、却って隠しきれない、優しい、牧歌的な雰囲気を余計に際立たせている印象。鶴さん目当てで面接にくる子もあるらしい。
アルバイトの女の子たちが、黄色い声を上げて鶴さんのことを話している時、アタシはいつも、鶴さんからも、女の子達からも遠いところにいて、半分バカにしながら、半分は羨ましく、光景を眺めています。なんだかいつも、物事の当事者になれない、という感覚が、常にアタシを付きまとっていて、鶴さんのような、てらいのない、かわいい人を目前にすると、惨めな気持ちがふつふつ、わき起こることもある。
もしも、孤独と嫉妬、どちらか選べと言われたら、アタシは、孤独の方を選ぶかも知れない。
10時過ぎに始まった街コンは、12時を回った頃に、司会の方の挨拶でもって、厳粛に終わりました。
曲がりなりにも、将来の伴侶を探しに来ている会らしいのだけど、これだけ男女が集って、こうも盛り上がらないものかしら。と苦笑してしまうほど。厳粛、と大げさに形容したくなるほど、盛り上がりに欠けていた。誰も実りがなかったのでしょう。
「街コンって、あんな厳かなものやって知りませんでした。」と、ニキビ面のキリストに話しかけてみたら、
「なんか、最後の晩餐みたいやったな。」と応えて、洗い場へグラスと一緒に消えていった。
最後の晩餐って、あんなでしたっけ。

ああ、話の要点が逸れてしまった。もう時間がない。今日こそ学校に行かないと、そろそろ、単位が危ういところに差し掛かっているのです。
アタシがなんで、告白をしたいなんて、白痴のような思いつきを得たのか、お話しするための道程が、長くなってしまった。乙女は、ムダ話しが多くていけません。あ、自分を乙女と言っちゃった。
夜なべで濁った頭では、うまく伝えられそうもないし、学校まで少し、眠りたいのです。こうしてお話していると、自分で気付きもしなかった秘め事が、いつか、萌えて開いて、香って散るかも。そんな予感がします。

もしあなたが、本当にそこにいらっしゃったら、もう少しお付き合いいただけないでしょうか。まだお話し出来ること、いくつかあります。

またすぐ、必ずお目にかかります。今日は、おやすみなさい。