アタシのすすめ(きゅう)

第27期(2016年6月-7月)

フジコの一生は散々だった。一生、と銘打ってはみても、まだ人生を終えずにちゃっかり生きているのだから、それが情けない。

フジコは三重県四日市市の生まれ。兄弟は居らず、一人っ子。フジコと呼べども男の子である。幼い頃はよく女の子に間違われた。本当は女の子が欲しかった両親が、フジコに女の子の格好をさせていたせいもある。無理も無い事だ。本名は藤原雅美。これも両親の計らいにより、男の子でも女の子でもどちらでも通る名前にするためだったが、その名前を聞いて、フジコを男の子だと考える者は居なかった。
常に可愛いと言われ、育ち、周辺の大人から一身に存在の肯定を受けて、フジコは自身が可愛くてあたり前。失われてゆく事が前提であることなど知りもしないで、幼少からその可愛らしさを不変のものと考えた。花を見て微笑めば、大人の顔も綻び、あれが欲しいとダダをこねれば、天使のようなフジコのため、大人は喜んで騙され、買い与えた。同じ歳の男の子ですら、フジコの可愛らしさに頬を赤らめ俯き、もじもじ身体をくねらせた。この頃にはすでに、自身の振る舞いが周辺にどのような影響を及ぼすのか常に考えて動く打算が身に付いていたのである。子供とは大人が考えている以上に大人なのだから仕方がない。それはフジコだけの罪ではない。
世界中の子供達が一度に笑ったら、空も笑うし、海も笑う。その子供の中にフジコは含まれていないのではないかと思われる。それほどに達観し、早熟だった。その早熟である事を見透かされないよう、無垢な子供として振る舞う聡明さまで身に付いていた。
フジコをフジコ足らしめたのは、誰か。紛れも無く大人達である。
早熟は精神に留まらず、性にもおよび、その目覚めも早かった。初めての性交渉は小学3年生の時分。自慰は幼年、4歳時までに済ませ、飽き足らないフジコは高学年の男の子の性の発散を手伝っていた。さすがのフジコ、両親も、女の子の格好は小学生に上がるまでには止めており、遜色なく男児ではあったものの、培われた小学生らしからぬ色香は発育途上の男児を惑わすには十分過ぎた。
しかし高学年に上がるまで続けられていた行為は教師の発見により、校内挙げての問題となり、両親に泣きつかれ、初めて大きく叱られたフジコは、初めて学校で泣いた。自分の感情を露わにする事を一番の恥と心得ていたフジコは、敗北感に打ちのめされた。
6年生になってからは今まで仲良くしていた友達、主に女の子からもそっぽを向かれ、藤原菌が学年中で流行った。お誕生日会にも呼ばれなくなった。誰もフジコが何をしていたのか訳も分からず、ただエッチ、エッチ。エッチスケッチワンタッチとフジコを延々責め立てた。けれどフジコは泣きもしない。周りが囃すにつれて、感情は海の底。それを見て、苛めは増すばかり。

声変りに愕然とした中学時代。フジコは自分に変声期が訪れるなど思いもよらなかった。来ないと信じていたものがやって来て、またフジコを裏切った。
散々だった中学時代。苦しみを受け流せずに苦しいと感じるようになった。学校ではオカマ野郎と呼ばれ、黒板にはいつもフジコの名前が踊った。ならば陽気に努めてみても、もう遅い。誰もフジコを見ようとしない。悪いところだけ誇張して、良いところなど発見されるはずも無い。良い所が無いのかも知れない。受験の時期には存在を無視され、空気よりも軽い存在になった。家に帰れば両親に男らしくしなさいと咎められる。絵に描いたように暗い暗い中学時代。可哀想なフジコ。代わってもやりたいフジコ。それでも学校には行った。勉強の虫になって、同じ学校の人間が上がれないような、県外の有名な私立高校へ進学した。

高校には見知った顔の生徒は居らず、幾分か気楽ではあった。こんなフジコにも友達が数名できて、カラオケにも行った。マクドナルドで朝を迎えたりもした。けれどもフジコはトイレの鏡を見てまた絶望した。うっすら髭が生えていて、骨格のしっかりした顔はフジコの理想から遠い男の顔だった。内面の苦悩から解き放たれ、やっと外の世界に目を向ける事が出来るようになった時、鏡が作る虚実皮膜は受け入れられない。どんなにか鏡を割りたいフジコ。見るも耐えない鏡の中のフジコ。また塞ぎ込むフジコを見て友達は心配。そんな心配もおかまい無し、フジコは自分の事しか考えない。一人、また一人と友達が減り、そんな事もおかまい無し。フジコは自分の事しか考えられない。フジコの美しさを肯定してもらうにはどうすれば良いか。フジコでなくなるより他はない。だってフジコは美しくない。フジコは美容整形のお金を貯めるが一番、18歳で高校を中退。両親は絶句。フジコの目標が見付かる。

フジコは大阪へ出た。名古屋でないのは、誰もいない所で美しくなりたかったから。蛹として羽化を待つ場は大阪が良い。フジコは浮き足立った。大阪に出てすぐ、アパレルブランドの販売員としての採用が決まった。美しくないとは言ってもそれはフジコの理想が肥大化甚だしいだけ。小さく余りのない顔をしているフジコは一見洒落たシティボーイ。アパレルの採用なんて造作もない。これからは楽しくなるはずである。美容整形は高い。色々調べて、200万は欲しいところ。どこを直すのか。どこも気に入らない。だってフジコは美しくない。フジコのままでは美しくなれない。別人になる必要がある。昼の稼ぎで足りないフジコは夜の仕事も始めた。女の格好をして男の夜の相手をするのが仕事。久しぶりの女の格好にフジコの身体は打ち震えた。フジコはそこでも綺麗だなんだとすぐに一番。色々な陰口を叩かれた。でももう陰口はフジコの養分。もっと美しくなるための栄養。昼は難波で服を売り、夜は新地で女を売った。売る女も無い癖に。無いから売るのだ。有ると仮定するために。有ったら売れぬ大事なものだ。フジコは客の男と恋に落ちた。男はフジコの全てを認めた。フジコは認めてもらうのが大好き。気が狂う心地。現代病の塊みたいな存在。けれどもそれが店にバレたら、元々店では評判の悪いフジコ。稼ぎ頭なのにすぐ店をクビになった。男は賢い。バレる前に身を引いていた。フジコは男を頼った。興信所で男の素性を調べだってした。何の事はない、男は結婚していたし、フジコもそんなこと知っていた。妻とつかみ合いになり、それを男が止めた。人気の無い駐車場に連れて行かれ、顔が腫れるほど殴られた。こんな時男は都合良く、フジコを男と見て容赦が無い。手切れ金50万が手渡され、握った。握ったのはフジコ。警察には行かなかった。

昼の店でも散々だった。要領の悪いフジコは、同じアルバイトのミスを全て被った。男の居場所を興信所で調べはする癖に、肝心な事は勇気が出ずに何も言えない。口のないフジコ。ものごとを見る目もないフジコ。幸福に慣れないから、不幸な自分ばかり認めてしまうのだ。幸福は危ない。フジコの毒。聡明な子供時代がどうしてこんな事に。ああ可哀想なフジコ。代わってもやりたいフジコ。誰も代わりたくないフジコ。代わりはいくらでもいるフジコ。
ミスばかりのフジコに反省文を書けとアルバイトが詰め寄った。勝手にアルバイトが結託して、上の命令もないのにやれと言うのだ。フジコは何事もない顔をしてわかりましたと答えた。こんなフジコの態度が過虐心を煽るのだ。フジコは家に帰って原稿用紙と見つめ合う。どうして自分はいつもこうなるのか考えた。フジコには分かるようで分からない。フジコがオカマだからか。違う。それはフジコにとっても体のよい理由。では何か。フジコは自分を可哀想だと自覚している。それが美しいと思っている。自分の不幸を装飾する事しか考えない。不幸以外フジコの存在価値は無い。美しくなる以外に頭が無い。いつでもそれを人に見せびらかす不幸を食い物にする化け物。醜いフジコ。化け物。ならば土俵を選べば良いのに、皆と同じ土俵で無ければ気が済まない。もし見つけても、安寧の場を捨てる。安寧は危ない。フジコがフジコになりすぎる。フジコが美しくなるには心を変えなければいけない。けれどフジコは気付かない。
醜いフジコは、自分の半生を反省文に書いた。幼い者はすぐに自分の半生を物語にして語りたがる。幼年の頃大人びていたフジコは、大人になってから大人になれない。フジコが演じているのは、子供が大人ぶる方法。
行動が全て裏目に出る、性的マイノリティ、不幸な生い立ち。考えられる不幸を並べて書いたら、嘘の涙を流す。悲しさすらお化粧。反省文を書く前に、炙り出し用にみかんを絞って、わざわざ濾過して透明度を高めた。その汁を使って反省文の下に書かれたのが「アタシのすすめ」。アルバイトに対しての告発文を書いてやる。炙り出しだから誰にも発見されないかも知れない。そう思うと心が踊った。誰にも知れない秘密の告白。ほら出たフジコの悪い癖。言ってやれば良いのに。口のないフジコ。何も言えぬ。何も言えぬなら、女の口を借りるがお似合い。フジコには本当にイライラさせられる。皆がそう思っている。
反省文を提出したらフジコは店に行かなくなった。貯金はたんまりあるし食うには困らない。美容整形まであと少し。鏡をみてフジコは言う。鏡よ鏡よ鏡さん、この世で一番美しい人はだあれ。鏡は言う。それは努力をしている人ですよ。フジコは困った。それでは毒リンゴの数が足りない。

フジコは難波のショウパブで働くようになった。北新地では働けぬから難波で働く。踊りの練習をしたし、奇抜なメイクの練習もした。フジコが受験の時以来見せる、努力らしい努力だった。ここはフジコに合っていた。初めて上がっても良い土俵を見つけた。ここならフジコは美しくなれる。フジコ以外の誰かになれる。不幸を笑い、汚いものが美しく、戯けて止まない夜のピエロ。フジコは始めからはみ出しものだもの。はみ出し者にしか出来ない事って、あるんだもの。簡単なポジティブシンキング。不安定な性分だからいつ崩れるかも分からない。けれどもフジコは今ここに居る。そして踊る。笑われながら。美容整形のお金はすでに貯まった。きっとフジコは整形する。次は誰になるつもりか。フジコはやっぱり美しくない。フジコがフジコである以上。けれどもフジコは今ここに居る。そして踊る。笑われながら。

7月に入ったくらいから、アキラ君の元気が無い事を私は知ってる。なんで元気がないかも、私は知っている。ずっと机に何か書いて、文通みたいな事をしだしてからやもん。もう今はしてへんみたいやけど、元気は戻ってこないよう。私なんかに出来る事があるならしてあげたい。単に受験勉強が辛いだけとか。それやったら私の方が成績良いし、勉強見てあげられるな。あげられるっていうのは、ちょっと上から過ぎるかな。
「なあなあ、アキラ。なあって。」
「なんやねん。寝てんのに。」
アキラ君が喋ってる。声が好きやねん。なんか落ち着いてるし、顔に似合わず低い所とか、そんなんが好き。歌とかめっちゃうまそう。
「今日先生に呼ばれとったんって、お前やっぱり疑われてんの?」
「疑われてるってなんやねん。成績の事でちょっと呼ばれただけやって。」
「本間かあ?別に俺が疑ってる訳ちゃうねんけどな。ちょいちょいそういう声が聞こえるからさあ。なあ、俺が先生に言うてきたろっか。お前ちゃうって。」
「やめてやそういう事言うの。楽しんでるだけやん。」
「それこそやめろやそういう言い方すんのん。ちょっとした親切心やのに。」
「もうええって。しんどい。寝さして。」
「でもお前やっぱなんか変やって。最近元気無いもん。だから余計に疑われたりして」
「もうええて言うてるやん鬱陶しいなあ。先生にでもなんでも言うて来いよ。俺が放火魔やって。」
「なんでそういう事になんねん。こっちがもうええわ。勝手にずっと寝とけやボケ。」
あーあ。あれはどっちが悪いのやろう。まあ片野が面白がってるのは確実。あいつなんにでもクビ突っ込むから。あのアホの片野ですらアキラ君が元気ないの気付いてるのか。私だけが気付けてたらよかったのに。
さっき片野とアキラ君が話してたのは昨日学校の旧校舎であった、ちょっとしたボヤ騒ぎの事。ちょっとした、とか言って、結構燃えてたんやけど。私とアキラ君の家は学校からすぐ近くにあって、信号を渡ったらすぐ学校。皆に羨ましがられる。まあそんな所にあるから、旧校舎が燃えて煙を上げてる所もバッチリ見えて、消防車まで来て、学校燃えてなくなるんかと思った。すぐ火は消されて、休みになるかと思ったけど今日は普通に学校で、休みを期待した分、来るのめっちゃ嫌やった。
なんでアキラ君が疑われてるかっていうのが、噂で聞く所によると、なにやら七夕の日やったか次の日やったか、夜の学校に忍び込んで、旧校舎の方に居たらしい。夜の旧校舎って。なんで。めっさ怖いし。そんなところで何をしてたかって言うのも、色々言われてて、女の子と密会してたとか、旧校舎で肝試ししてたとかそんな感じの。で、今日それに加えて、実は旧校舎に火をつけようとしてたってのが追加された訳。全校集会の後教室に戻って、アキラ君だけいないから、みんなザワザワしてさ。普段から大して喋る事もないからこの噂で持ち切り。
私はアキラ君が女の子と密会してたってのが一番濃厚やと思うなあ。多分、以外とモテるねん、アキラ君。私は分かる。なんかこう、母性本能くすぐるっていうかさ、いや、母性ってなにって感じやけど、可愛い。あと、可愛いと思ってみてたら、今度はかっこいい。別にイケメンじゃないねんけどなあ。美月もおんなじこと言ってたから、女子の総意と思って貰ってオッケー。別にアンケート取った訳ちゃうけど。
アキラ君こっち向いて寝てくれへんかなあ。なんで窓の方向いて寝るん。そっちカーテン空いてるし絶対眩しいやん。絶対照ってるやん。実は寝てなくて黄昏れてるん。そんなカンカンの日差しで黄昏れてるん。なんかアキラ君そういう所あるよなあ。なんか、ロマンチックを勘違いしましたみたいな所、あるよなあ。あ、もしかして、これって「蹴りたい背中」ってやつ?いや別に蹴りたくないし。私が蹴られたいし。
「エミ、あんたアキラのこと見過ぎ。好きすぎやろ。」
なんや美月か。めっちゃびっくりした。突然視界に現れるの得意すぎひん。
「退いてよー。アキラ君見えへんやんか。」
「いっつも見てるやん。そんなにいいか?アキラ君。」
「めっさ良い。全部良い。七夕にアキラ君の事書くくらい良い。」
「キモ。ヤバ。どの顔で言うのよ。結ばれますように〜にゃんにゃんって?」
「何がにゃんにゃんやねんキモいな。そんなん書かへん。私くらいの片思い上級者になると好きな人の幸せだけを願えるようになんねん。『アキラ君が寝ても覚めても幸せでありますように〜にゃんにゃん』って書いた。」
「受験生の癖に色気づいてんなよ。な、もしアキラが放火魔でも、それでもいい?」
「最悪。美月もそう思ってんの。」
「うそうそごめんってば。思ってないよさすがに。でもアキラはやめた方がええと思うねんなあ〜。」
「なんでよ。今更止められへんでこの想いは。止まらないsummer2016やで。」
「うん。アキラ、ゲイらしいで。」
「はあ?」
「だから、アキラがゲイ。」
「いやだから、はあ?」
やばいやん。アキラ君の幸せ、願われへんかも。

朝、机の上に”ごめんね”って書いてあった。多分「アタシ」。今更謝られたって、何も言う事がない。俺もちょっと謝りたいけど、なんかなあ。俺はなんであんな事したんやってずっと考えてしまう。考えてるっていうんかな、ずっと頭にこびりついて離れへん。
まず整理する。俺があの日旧校舎にわざわざ行ったのは完全に下心。文通、ん?まあええか文通。文通で「アタシ」なんて書かれてあったら絶対女の子来るやん普通。なんで男が来たん。それがまずおかしいやろ。で、もうひとつおかしい所。俺はその男としか言いようが無い奴に手を出した。ムラムラして。うん。なんで?それは決めてたから。あわよくば誕生日に童貞を捨ててやろうっていう考えがあって、目の前に居るのが男でも、とりあえず。ちょっと中性的な顔やったし、暗い所でみたらなんか可愛いかなって思った。って事は。俺は別に男が好きな訳ではなくて、目の前の男が中性的な顔をしてたから、女の子の姿を重ねただけであって、たった一回の過ち。よって俺は男が好きであるはずも無く、完全に正常、健全な男子高校生と言える。やろ。そうやんな。
いやマジで。”ちんちん”とか全然興味ないって。おれも同じもん付いてるから。興味あったら自分の触っとくわ。いやマジで。
ほんでもう一つ気になるのが、あいつは、あの「アタシ」はゲイやったんかって事。普通拒否るやろ。男にチューしたいとか言われたら。うわ、てかそれ俺が言うたんか。キモー。あの日の自分をしばきたい。ゲイってマジでいるんやな。全然偏見とかないし、友達に居ってくれたら寧ろ楽しそうやけど。でも自分がそうかって、それは全然違うやろ。俺は男。紛れも無い、漢。
で、俺がそれを証明するためにどうしたか。ここからが問題。まず妄想した。片野。あいつとセックス出来るか。マジで無理。吐き気する。きったねー。飯食えんなる。じゃあ次、女の子。俺は美月とセックスがしたいか。するね。いくらでも。妄想だけで俺は何回か美月を抱いてる。あいつ結構変態。3000円くらいやったら払っても良い。うん。でも美月可愛いからな。片野との比較じゃフェアじゃないな。
じゃあ、美月と一緒によくつるんでる、エミ。あいつめっちゃ喋りうまいし、一緒におったら死ぬほど笑えるけど、顔がなあ。じゃあエミとセックス。う〜ん、ヤバい。大分微妙。まずちょっと太り過ぎかな。頼むエミ、痩せてくれ。痩せたらまあまあ可愛いって噂やぞ。あと三つ編みやめろ。それから定規使うとき何故か木の30センチ定規使うのもやめろ。あとなんでお前だけ制服ズボンやねん。面白すぎるやろ。
じゃあ今度は男。内田。背え小っこくて、めちゃくちゃ童顔。毛が薄くてつるつる。男の俺から見ても可愛い。でも見た目は普通の男。抱けるか。ヤバい。抱ける。思ってるより抵抗ない。エミより抱ける。ていうかエミもうちょっと頑張ってくれ。あかん。内田に軍配。
いやでも男って下半身で生きてるから、やっぱこういう事もある訳で。俺がゲイと決定された訳ではない。断じて。だってさっきの妄想でも内田に”おちょんちょん”付いてたもん。大丈夫。
あともう一つ心配事。心配事っていうかこれはほぼ確信。俺は暫定的に放火魔。これも「アタシ」のせいやろ。あいつ、俺の小説読みもせんのに、「おもんないんじゃ!お前の小説!」とまで言い放って帰って行きやがった。怖い怖い。あいつが読んでた「アタシのすすめ」もめっちゃ怖い。なんであんなもんに拘ってんねん。あんなん読むくらいやったら、yahoo!知恵袋読んでた方が身になるやろ。いやまあ、あれは俺も悪いねんけど。その後学校から出るに出れなくなって、階段の下の隙間で寝て校門開いてから出たんやけど、何故か警備員が俺の名前控えてるし。呼び出されて怒られるし。絶対あいつが俺の名前騙って校門から出たやろ。なんやあいつ。機転ききすぎ。
もう一回整理。なんで俺が暫定放火魔か。それは俺が旧校舎で小説を燃やしたから。なんで旧校舎かって、それはロマンがあるから。バカにされた場所で、供養的な意味も込めて。あいつに罵倒されてから小説を読み返してみてびっくりした。顔が真っ赤っかになるくらいおもんない。「その昔、命の価値はいまよりもずっと軽かった」なんじゃそれ。どこで活きるねんその冒頭。とにかく燃やした。わざわざ旧校舎で。エミにアキラ君そういう所あるよなあ、ってよく言われるけど、なんか多分、こういう所のことやろう。絶対完璧に消したし、バケツまで持って行って消し炭を持って帰って入念に確認までしたのに、なんでそれがまた燃える?とにかくヤバい。警察に色々聞かれるっぽい。俺は放火魔で、なおかつゲイ疑惑。書いた小説はおもんない。お先真っ暗。誰か短冊に俺の幸せでも願ってくれてたらええのに。あんなん絶対叶わへんけどな。俺の脱童貞も今ん所叶ってない。ふざけんな織り姫彦星。お前らだけセックスしてんなよ。ぜったい俺の事みて指差して笑ってる、取りあえずお先真っ暗。いや眩しい。目瞑ってるのに眩しい。めっちゃ日照ってる。あっつー。なんでこっち向いて寝たん、俺。沈めよ太陽。

今日は終業式。来ないと思っていた終業式。もともと少ない授業数がさらに少なくなって、なんで来なければ行けないのか分からない終業式。早紀ちゃんは休学を決めたからもちろん来ていないけれど、そうでなくても来るはず無い。早紀ちゃんに入院はいつからかって、聞いてみたらば、8月に入ってすぐだって。糖尿の人って、お見舞いに何を持って行けばいいのかしら。
体育館に集められた生徒はまばら。オタクかヤンキーしかいないから、これでオセロでもしたら面白そう。アタシはどっち。一応クラスごとに整列するのが定例とはいうものの、一人が列を乱すから、どんどん散けて、ハエみたいに一匹、また一匹と動き始める。
先生からの言葉も適当で、マイクのハウリングが頻繁に鳴る。どうせ誰も聞かないし、これくらいで丁度いいのだ。
「ほんなら、皆、次は9月。夏休み明けてピーーーーーーィ分抜けなくなってそのまま辞めて行く奴が多いけど、せっかくここまで来たんやから、頑張っておいでや。あと警察のお世話にはならへん事。これだけ守ってくれたら後は楽しんでくれたらええ。じゃあ、終了!教室戻らんと、このままかピーーーーーーィ」
休み気分が抜けなくなって辞めて行く。先生ってば読心術があるのじゃないかと疑った。今日終業式のためだけに学校に来たのは、最後の見納めのつもりだったのだ。早紀ちゃんも来ないし、もう良いかなと思って。迷っているのだけど、終わりになるかもしれないという気持ちだけ携えて登校した。終わり。終わりはわざわざやってこない。終わりと思った頃にはもう、終わってる事がほとんど。アタシ達は、終わりまでコントロール出来ないと不安になるの。

3−Aの教室は今日も味気ない。当たり前に使うようになってから余計に。噛み締めて、やっとここはアキラ君が毎日足を運んでいる教室だと思える。記憶の中のアキラ君はすでに朧げ。どちらかというと”おちんちん”のほうばっかりが鮮明。織田信長の顔やなんか、偉人の顔の方がパッと出てくる。似てたっけ?そうでもない。
アタシはアキラ君がいつも座っているであろう席までいって、椅子の腰掛け部分を嗅いだ。また、あの甘い匂いが嗅ぎたくなっての挙動。見た目に流された可能性はあっても木の匂いがした。アタシは本当にただの変態になってしまったのかも。椅子からあの匂いがするはず無いのに。はあアキラ君。別に好きでもない。アタシ、ただ、あの時の続きがしたい。どんなに気持ちよかったか知りたい。
「忘れ物見つかったか?」
扉を隔てて教室にひょっこり顔を出した先生の生首。そうそう、忘れ物のフリしてこの教室にいるのだった。
「いや、見つからないんで多分ないです。」
「何無くしたんやったっけ。えー財布か。」
「えーっと。プライスレスなやつです。」
「なにがプライスレスや。形見か。形見無くしたんか?」
なんで形見を学校に持ってくるねん。と思いながら、見渡す教室は色味もない。花でも供せばいいんじゃないの。アキラ君の机に。不謹慎、お下劣。もうカギ閉めてええかと先生が急かすから、浸りたい直近の思い出も形無しで、今度は筆入れから鉛筆を落とさず机に”ごめんね”と書いた。本当はキザったらしく”さようなら”にしようと思っていたけど、今後の期待に夜の帳から愛を込めて。アタシの諦めが悪いのはもちろん、二学期、学校に来る理由にもなるでしょ。
アタシは先生と垣根を超えて話せるタイプの人間では無いから、廊下を一緒に歩いている時間が苦痛で無意味に二の腕を掻きむしる。苦痛を感じていると時間の感覚が延びると聞くけど、前へと進む廊下の距離までいつもより長くて歩く歩道みたい。あ、動く歩道か。小学生の頃の時間と距離の計算を思い出しはしても計算は出来ない。早紀ちゃんならこんなに喋り辛い先生とも、絶妙な距離をはかる事が出来るし、そんな早紀ちゃんを思い出すと、早くも記憶のヴェールがかけられて、白くぼやけた早紀ちゃんが笑い、思い出の海辺に片足を突っ込んでいる様相。あれ、早紀ちゃん死ぬの。という焦燥が、廊下を先生と歩く無音の圧力が、また時間と距離を少し延ばした。
夏休みが明けてもちゃんと学校に来るように。先生はお前のこと信じてるからな。といって職員室に消えた先生。信じてるとまで言われてちょっと胸が熱い。伴って痛い。言葉だけ優しくても、優しい言葉が嬉しい。嫌い嫌いと武装しても、世間のうえは案外平坦。もしかしたら生きて行くだけなら簡単?それとも夜が煙った冗談?アタシ今、韻踏みましたよ。

良かった。アキラ君ゲイじゃないってやっぱり。絶対その辺にいる男子と一緒。めっちゃ美月に報告したい。めっちゃおもろい。なにがおもろいって、いや何ってアキラ君かなりキモい。アキラ君に話しかける口実として辞書借りたんやけど、隅っこの方に男女のセックスパラパラ漫画描いてんの。しかもめっさ下手やねん。もしかしてコレで興奮してんの、って考えたら、アホすぎるわアキラ君。あんなぶっといぶっとい辞書にまんべんなくなに描いてんのよ。どんな労力よ。勉強しろって。絶妙に変態。や、健全か。アキラ君こういう所もあんねんあ。

警察に全部話した。事情聴取ってほど大げさなもんじゃ無かったけど、一応、あの日の旧校舎の事を聞かれたから。どこまで信じてもらってるかわからん。いや、俺が男とそういう事をしたってのは言う必要ないやんな?言う訳がない。
「アタシ」の名前、聞いといたら良かった。いや教えてくれへんかったんか。「アタシ」ってなんやねん。お前誰やねん。警察にめっちゃ怪しまれたわ。取りあえず昨日の事はバレてないっぽい。一瞬で消したし。バレたら終わりやろ。どうしよう俺。受験やのに。性欲も止まらんし。あいつのせいって思うのが悔しい。あいつ誰やねん。「アタシ」ってなんやねん。

「アタシ」というと言葉がするする出てくる気がした。何を言っても許される気がした。だれも怒らない気がした。怒ろうにも本体が無い。女の子が使う「アタシ」でなく、男のアタシが使う「アタシ」。はみ出し者の「アタシ」が言う言葉全てが宙に浮かんで、意味がぼやけて雲散霧消。だってはみ出しものだから、そんな人間の言う事なんて真剣に聞いても仕方が無いでしょ。あはは何やら言っていやがる。笑ってくれたら勝ち。めっけもん。それでおしまい。
アタシは安物のライターを擦る。
薮から棒に飛び出す「アタシ」の言葉は槍。優しい横槍。否定の材料をたっぷりしみ込ませて噛ませ犬。否定されたっていい。だって真実なんか「アタシ」に無い。真実、という言葉そのものがうすら寒い。いつもなんでも茶化せてしまう。明後日の方角からのアプローチ。責任がない。「アタシ」には責任がない。プライドはある。一丁前に。汚いが美しい。美しいが汚い。あべこべに戯けて止まないピエロ。あはは何やらやっていやがる。笑ってくれたら勝ち。儲けもん。それがはじまり。
それでタバコに火を点ける。

旧校舎まで続く砂利道を歩いて行くと、いつも律儀に蛇口が上を向いた水道があって、今日も滞り無く全て空を見上げているのを確認し、アタシは安心した。たった一つでも俯いていたら、なんでかそれはやっぱり嫌。夜の不気味なはずの校舎は、遠くから飛んでくる声が彩って、アタシは雑音に救われる事が多いと思う。アキラ君と一緒に掛けた小さい階段に座って、頭の中では鮮明だったのに、いざ秘め事の現場に来ると、記憶と現実の距離の遠い事に気付きました。
あなた、まだそこに居ます?もうお話出来る事、なんにもありませんよ。
アタシは手に持っている無印の紙袋を地面に置いて、弔いに良い所を探すと、あった。良い場所。ちょうどいい具合に窪んでて、動物のお墓を作る途中みたい。黒い煤みたいのがちらほら落ちてるし、誰かが掘ったのじゃないかしら。何かを埋めようとしてやめたとか。
アタシの告白を包むための包装紙、結局良いものが見付かりませんでしたから、アキラ君の言うように、無印の紙袋に包む事にしました。アタシの告白なんてこんなもの。告白って、なんかそれらしいこと言えましたっけ。
安物のライターを灯して、タバコに火を点ける。「アタシのすすめ」は紙袋の中。借り物の「アタシ」は持ち主が見付からないまま。それを墓場の中央に寝かせる。なんて事無かった。ただの怪文書だった。こんな事なら、yahoo!知恵袋でも見てた方が身になったかも。そう考えてやるくらい、気安く見るのがいい気がした。アタシはもうどうでもいい。男が好きとかアタシがどうとか。面倒くさい。と思ってやる事にしたの。
格好つけてまだじりじり火の点いたタバコを指で弾いて、紙袋の上に落とすけど、想像より遥かに燃えない。げ、格好悪い。業を煮やして袋の四隅に、お誕生日のロウソクを灯すみたいにして一つ一つ付けてあげると、通り過ぎた夜風が手伝って、ぱちぱち火が燻った。燃えてしまえばいい。こんなもの。

じっと眺めていると、火を生き物に例える事なんて安直だとも思いつつ、本当に生きているみたい。どれだけ大きくなるのか、高く高くに昇って召されそう。風に流されぐんにゃり揺れた。また揺れた。ここが腰でここが腕。
ああわかった、踊ってる。燃えてるのでなく、踊ってる。