無口の国へようこそ

第42期(2018年12月-2019年1月)

昨日、バルコニーへクリスマスライトを付けた。9月に入居したこの部屋にはまだカーペットもカーテンもないのに、日がどんどん短くなっている中、このクリスマスライトはどうしても必要な気がした。

私は今年の8月、1年間程住んでいたアルゼンチンからフィンランドへ帰ってきた。アルゼンチンはインフレが酷く、そもそも低かった給料で生活するのは難しくなっていたし、当時の彼氏との同居もお互いに息苦しくなっていたので、帰りの飛行機に乗った時は肩の荷が下りた気分だった。フィンランドへ着いたらまだ暖かい夏の日々が続き、ヘルシンキの公園はサイダーやビールを飲みながら友達と喋る人で溢れていた。私は仕事も何もなかったが、楽になったと感じた。

どこかを去ると、だいたいそうだ。慣れた町と人々と別れるのは悲しいものだが、同時にその日常、そのルーチンから自由になるのだ。そういう意味で引っ越しはいわば人生をリセットする方法だ。私は今までフィンランドとアルゼンチンの他に、日本に国費留学生として5年間住んだことがあり、全部で15回以上そのようなリセットをしてきたのだ。

これだけ引っ越しに引っ越しを重ねてきたから、荷物はかなり軽い。でも逆に、どこか一つの場所に留まり、時間をかけて大事に作り上げたものも少ない。自分は一体どこの人間なのか、それさえ良くわからない。

私はフィンランド人としてのアイデンティティーが特に強いわけではない。ここへ帰って楽になったのは、自分を縛るアルゼンチンでの日常から自由になった以外には、むしろ私の性格とフィンランドのコミュニケーション文化の特徴と関係があると思う。私はスペイン、アルゼンチンなどのような生き生きしたラテン系諸国になんとなく魅かれるが、自分はかなり内省的な人間で、人と関わる度にストレスレベルが高まる。最初はある程度会話が楽しめたとしても、後で自分の行動や言葉を分析し始め、喋りすぎたこと、または十分に話さなかったことを後悔する。何故か「ちょうど良かった!」と思うことはほとんどない。フィンランドにいてもそうだが、少なくともここにいると、いわばホームコートでプレーしている。外国語で話すと、自分の言葉に自信を持つのは更に難しくなる。

ホームアドバンテージ以外には、フィンランドの良いところはあまり話さなくても済むことだ。アルゼンチンから帰ってきてしばらく、バスに乗ったら運転手に挨拶をしていたが、少なくともヘルシンキでほとんどの人はそうしないし、運転手本人もそれを期待していないようだ。向こうが挨拶したらまた別だが 、とにかくバスに乗る時はこちらから積極的に挨拶するのはやめた。全く違う文化に慣れた人にとっては、こういうことはかなりショックかも知れないが、私みたいにコミュニケーションで悩む人間にとっては、フィンランドはかなり住みやすい国だと思う。

実は今年の夏、中国語に「精芬」という新しい言葉ができたということがニュースになった。「精芬」の意味は、「精神的にフィンランド人である」ということだ。マッティという典型的なフィンランド人の悩みを描く『Finnish Nightmares』というコミックがどうも中国の若者の間でちょっとしたヒットとなり、微信(ウェイシン、ウィーチャット)で「フィンランドは社会不安障害を抱える人の天國だ」という内容の投稿もあった。

私もフィンランドのそういうところが向いているが、本当にこれでいいのかと疑問を抱くこともあるし、ずっとここで住んで行きたいかどうかわからない。フィンランドの冬はあまりにも長く、外へ出たくなくなるぐらい寒いから、特に冬の間はきっとどこかより暖かくて明るい国へ行きたくなるだろう。たとえそれで挨拶しないといけない人の数がまた増えたとしても。

いずれにせよ、今月始まる新しい仕事の関係で、少なくとも二年間ヘルシンキで住むことになっている。今年も来年も、長い冬を乗り越えないといけない。またどこかへ引っ越すことになったら荷物にはなるが、カーペットもカーテンも購入し、この部屋、そしてこの国をなんとかして心地良い場所にしなければならない。この連載ではその作戦、そして冬のフィンランドの日常について書いていこうと思う。