第七回:名無しのポタージュ

第42期(2018年12月-2019年1月)

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こんばんは。当番ノート42期のヨシモトモモエです。
毎週火曜は私のお部屋で、のんびりしていきませんか。

27歳・実家暮らし。
会社勤めを楽しくしながら、家業を手伝い、踊りなどもしています。「踊れる・食卓」では日々のくだらなくて、けどすこしくだるなぁ、と感じたことをゆるっと書いていきます。

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第七回:名無しのポタージュ

街を歩いて、料理屋さんを見つける。どこの街へ行っても、料理屋さんを見つけ、何を食べようと想いを巡らせ、目に留まるそのメニューを勝手に想像して、勝手に頭のなかで、「うん、おいしい」と思いながら、実際に歩いたりするのが私は好きだ。名前からわくわくしてしまう。そう、名前から。
お料理には限らず、「名前」とは私にとって、「おもしろい何か」「おいしい何か」「惹かれる何か」の可能性の片鱗たるもので、その総称である。

ただ、名前がないメニューも、我が家には存在している。
それが「名無しのポタージュ」だ。

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「お母さん、今日のごはんは?」

27年間の人生で、何回たずねたことだろう。
我が家は家業の都合もあって、私は小さい頃から鍵を持たない暮らしをしていた。いつでも誰かが家にいて、いつでも誰かが訪れる可能性のある家。
だから、私が帰宅する頃に、鍵は必要ない。

小学生の頃、クラスの友達が「鍵」を首に下げているのが羨ましかった。鍵をつけた、かわいい柄の紐に、お気に入りのキーホルダーが着いた友達の胸元。その子が鬼ごっこで走るたび、リンリンとその鈴が鳴ってかわいくて、ああいいな、私も鍵を持ったらああしてかわいくなれるのかななんて思ったりした。隣の芝生はいつだって青い。人にあって、自分にないものは、それが“何か”わかる前から欲しいのだ。家にあった、不要の鍵を見つけて、紐をつけて、鈴がついているキーホルダーを祖父にもらってその紐に通す。リンリンと鳴らしながら家に帰り、鍵を使わずして引き戸を開ける。母がいる。

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大人になった今でも、家に帰れば、母がうつらうつらしながら、なにかをこさえて待っている。
社会人になったばかりの頃、とにかく仕事が楽しくて夢中で、新しい仲間や友達との時間もあって、家に帰っても寝るだけのように暮らしをしていた。

「ももちゃん、今日のごはんは?」
かつては、私がたくさん聞いていた「今日のごはんは?」。
それは、幼い私が夕方になると、決まっておいしそうなにおいがする台所の机で、おかしを食べながら母に聞いていた質問だった。

けれど、社会人になってからは、母に「今日のごはんは?」と聞かれるようになった。
もちろん、私が聞くときは「何を作ってくれたの?」という意味だし、母が聞くときには「今日は家で食べるの?」という意味だ。

「家に帰ってから食べる・あればお味噌汁も」
私は忙しい時もそう返すようにしていたし、たいていは外で食べても家で食べる。夜食べれなくても、朝食べるし、朝食べれなければ、その次の夜に食べる。

「今日は、ごはんはいりません」
母が料理をしてくれる姿がいつだって目に浮かぶから、あまり無下にできなくって、年頃だって私は食べようと思っていた。運動したらいいものね。私には踊りもあるし。

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ある日、仕事で自分が大きなミスをしてとことん落ち込むことがあって、横浜のほうからとぼとぼと終電の中で泣きながら帰った日があった。終電だったので、その号車には私しかいなくて、人目もないから、最後の駅ではおいおい声を出して泣いた。悔しさと申し訳なさと情けなさが体の奥からこみ上げて、こみ上げて、止まらない。涙と一緒に、自分のなかから、いろんな気持ちが溶け出して、自分自身がからっぽになってしまいそうだった。からっぽの私は、音もしない歩き方でどうにか改札を出る。

パチン。
私が最後の乗客だったので、すっからかんの駅のホームの電気が消える。電光掲示板も消える。「今日もありがとうございました」といつもの駅員さんが頭を下げてくれて、すこし心配そうに私を見ていた。それもわかっていたけど、今はからっぽだった。からっぽのまま自転車をこぐ。もはや記憶がない。

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「ただいま帰りました」
「ももちゃん、おかえりなさい」

ちょうどそのころは1月だった。そう。書きながら思い出したけれど、あれはたしか社会人になって最初に迎えた1月の寒い夜。母の顔を見たら泣くので、母にははやく寝ていてほしかったけれど、そういう日に限って母はなぜか起きているので、私たちは親子なんだなと思ったりする。

「お母さんごめん、今日食べる元気ない」
食べるのにも元気がいるよ。私はもうからっぽなので、人としての器もなく、実体もないくらいの、存在のまま帰宅していたから、もはや食べる元気はなかった。泣いて疲れて、もう眠りたい。

「あら、今日はポタージュなのにな」
「ポタージュ。スープ系はなぁ…」
「名無しのポタージュ」
「なにそれ。何が入っているの?」
「余っていた玉ねぎと、すこしのセロリと、あとかぼちゃ。かぼちゃも余っていたやつだけどね。あとはありものをいれて、とにかくブレンダーで仕上げたのよ」
「そっか」
「あっためるから、これだけ食べたら」
「うん、ちょっと顔洗ってくる」
「はいはい、熱くしすぎないでおくね」

私は顔がメイクと涙でぐちゃぐちゃ。母に泣いたことがばれないようにざざっとふき取ったまま、冷たい風に当たったので、メイクを落としてリセットした。何事もなかったように台所に戻る。母は、私が猫舌なのを分かっているので、すぐに食べれるような絶妙な温度で例のポタージュを温めてくれていた。

ほやほやと白い湯気があがっていく、名無しのポタージュ。
たしかに名無しも納得の、とにかく何がメインで何が入っているのかいまいちわからないポタージュが、たいしてお洒落でもない白いお皿にはいっていた。

「お母さん寝るね、ストーブだけ気を付けて。ここで寝ちゃだめだよ」
「はい。おやすみ。ありがと」
「おやすみなさ~い」
母が階段を上がる音を聴いて、私は胸をなでおろす。

例のポタージュを、ひとくち。
何の野菜が入っているか全然わからない。かぼちゃを感じるし、玉ねぎの甘さはあるけれど、これ何が入っているんだろう。
でもね、でも、しみる。涙が流れるスイッチが、自分の身体のどこにあるのか分からないけれど、すんなりと押されてしまって、またおいおいと声をあげて泣きながら、私は食べた。それもあっというまに。おかわりまでした。からっぽの私、その時の私の身体は、名無しのポタージュで満たされていったのでした。ごちそうさま。これはごちそう。

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母は普通の人だし、世の中でまったく有名でない。
語弊を恐れずに言えば、母の存在も、母が作ってくれたその「名無しのポタージュ」も無名に限りなく近い。それでも、尊い。それでも、おいしい。

唐突だけれど、私は、この世の中がおもしろいと思っている。
なぜかというと、料理人の人が作るおいしい料理はもちろんのこと、こうした「普通の人の料理」「名無しの料理」たちが、とにかくたくさんたくさん存在しているからだ。なかなかお目にかかれないけれど、それぞれの記憶や地道な生活に、それらは存在していて、それらは手がかかっていても、冷凍食品をチンした「料理」でも、愛おしいのだ。

名無しのポタージュは、私のなかでは本当に名品だ。
検索したってでてこない、名無しのポタージュよ。
私の身体で検索して、勝手に想像して、いつか、作って食べようと思う。

(こんな感じで、もっとつづく。)