第四回:餅つきのステップ

第42期(2018年12月-2019年1月)

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こんばんは。当番ノート42期のヨシモトモモエです。
毎週火曜は私のお部屋で、のんびりしていきませんか。

27歳・実家暮らし。
会社勤めを楽しくしながら、家業を手伝い、踊りなどもしています。「踊れる・食卓」では日々のくだらなくて、けどすこしくだるなぁ、と感じたことをゆるっと書いていきます。

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第四回:餅つきのステップ

世の中には2種類の家庭があると思っていて、それは餅つきをする家庭と餅つきをしない家庭だ。我が家は餅つきをするが、それがすこし少数派だとは小学校の冬休みの宿題提出まで気づいていなかった。家業がすこし特殊だ。社を守る家族として極小サイズの神殿付きの住まいに住んでいる。

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クリスマスについて、みんなが楽しく話す頃、私はお餅つきのことばかり考えていた。大晦日の前日、三十日のこと。小さい頃から、お餅つきがただただ楽しみだった。庭というほど広くはないけれど、ささやかな我が家の庭の南天が赤い実をつけると、それは三十日が近づくサインだった。

「南天の実がなっているわよ」
「南天?」
「ほら、こうやって赤い実がつくの」
「クリスマスみたいだね」
「難を転ずるで、縁起がいいのよ」
「へぇ。うちにはクリスマスはあってないようなものだからね、私はお餅つきがたのしみ」

クリスマスは、気持ちばかり母が健気にやってくれていた。珍しく、食卓に大きな口を開けないと食べられないようなチキンが並んだり、枕元に本当に小さなハンドクラフトのツリーに小粒の電飾がついてチカチカしたり。だけれど、私が無邪気に「ゲームボーイカラーがほしい」とサンタさんに願っても、座布団が届いたりしていた。笑点は好きだけど、そうじゃない感で涙目になった。こどもながらに「あぁ、うちはクリスマスには向いていない家庭なんだ」と悟ったりした。それはそれで今は私的にいいネタと化してしまった。そんなこんなで、餅つきは私の「楽しい年末」を満喫するためには希望だった。我が家は家庭内にカレンダーが12か所ぐらいある。小さい頃はお餅つきが楽しみで自分の背が届くカレンダーにだけ、12月30日の欄に「おもちつき♡」と♡までつけてご機嫌な調子で書いたものだ。

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お餅つきの10日ほど前から、準備ははじまる。渡り廊下に物置きからお櫃が運ばれてくる。日中は天日干しをして、久しぶりに外気にさらす。どこからか薪を準備する。網を探し出してきて、昔から使っている臼と杵を探してくる。もち米はたっぷり買い込んで、前日から水につける。

「お母さん、今年は何回?」
「そうね、15回かな?」
「15ラウンドか。みんな腰がもつかしら」
「みんな年だからね」
「人員不足だね」

15回というのは、お餅つきの回数だ。我が家の臼はさして大きくないから、一回につけるのが3キロ分ぐらい。15回のうち、3回は鏡餅を作るために、5回はのし餅を作るため、あとの7回は辛味餅を作るためだ。

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三十日の朝。朝は4時くらいから家族は起き出し、お餅つきの準備がはじまる。私は低血圧でたいてい7時までは起きられない。そんな姉をあてにせず、働き者の妹たちは、5時くらいから動いてくれる。

「はい、今年もはじまるよー」

家の前で小さな蒸籠(せいろ)に薪をくべ、東京から車で来た叔父が準備を始める。母はお湯をひたすら沸かし、叔母と一緒に朝早くから集まってくれる親戚たちの朝ごはんを20人前ぐらい作ってくれる。朝ごはんもいつもより気合いが入っていて、大きなお皿に、納豆にジャコと卵とネギが入れた豪快バージョンをこんもり盛っている。親戚たちが次々集まり、朝ごはんを食べる頃、第一ラウンドが始まる。

「はいっ」
「よいしょ〜〜」
「はいっ」
「よいしょ〜〜」

と手返しをする妹(母は腰の都合で現役引退)、餅をつく伯父。弟はネックウォーマーまでして、ほとんど顔が見えない。父は鏡餅の準備をはじめ、木板に粉をまんべんなくまぶす。

「はいっ、持ってくよ〜」

そんな掛け声で臼にしゃもじを入れ、湯気が立つお餅をぐるっと臼からはがし、しゃもじですこし分って、木板へ運ぶ。さながらウサギのように丸々としたできたてのお餅を父がここぞといわんばかりの速さで、まあるくまあるく整える。鏡餅は、空気の乾燥で割れやすい。三十日に仕込んで、1日になった瞬間に神殿へ運び、三が日が終わったら下げるのだが、その頃には柔らかな曲線が直線的になっていたりする。だからまあるくまあるく、最初から綺麗に仕上げておくことが大事なのだ。父は物静かな人だが、このまあるくする時はなんだか目がきらきらしていて、お餅などに向き合うのが得意な人なんだなと思う。

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私もやっと起きてきて、この賑やかな餅つきに参加をする。15ラウンドもあるので、手返しや餅を搗く役はときたま変わる。ネックウォーマーに埋もれた弟がそろそろやるか、と杵を持つ。

「よいしょ〜よいしょ」

まずは蒸したもち米をぐるぐる回りながら潰していく。まだ粒としての主張強い。粒粒しいとでもいいたい。おおまかに潰したら、いよいよ餅をついていく。

「ちょっと新しいつき方を試してみてもいい?」
「どういうことよ」
「こういう感じ」

弟は変なステップを踏みながら、餅をつき始める。なんだろう、その動きは。数年前にテレビでよく見た、どこかの国(?)の狩猟をする真似の芸人さんのような不思議なステップだ。軽やかな足の動きは、けっして餅つきに寄与していない。

「なにそれ、そのステップいる?」
「や、これちょっといい感じだと思う、おいしくなるよ」

ケラケラ、ケラケラ。ケラケラと笑う人から生まれた、ケラケラ笑う人たちが、またここに。
小さい時は、大人たちがやっている餅つきも、今では私たちが(正確には私以外)が貴重な戦力になっている。

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お次は辛味餅。できあがったお餅が台所に運ばれてくると、3人がかりで、手づかみで餅を一口サイズにしていく。熱い。そのあと、一人はきな粉の入ったボウルに、一人はあんこの入ったボウルに、もう一人は大根おろしが入ったボウルにそれぞれ餅をちぎり入れる。

「私はきな粉が好きだなー」
「それもいいけど、はやくちぎってよ」

できあがったきな粉餅とあんこ餅は、すぐにプラスチックの入れ物に入れて、輪ゴムをして、お盆にのせ、上から日本手拭いをかけてご近所に持っていく。私の出番は、はっきり言ってここぐらいだ。

「こんにちはー、ヨシモトです」

ピンポンを押すと、しばらくしてご近所の皆さんが顔を出してくれる。

「あら、モモちゃん。今年もありがとう。すっかり綺麗になっちゃって。今年も一年早かったわね」
「あらやだ、おばちゃん。綺麗だなんていっても、なにも出ないですよ。
今年も朝早くからお騒がせしました。あっというまに年末ですね。ちょっとですけど、お餅どうぞ」
「毎年ありがとね。お餅とか最近はめっきり買わないから。ヨシモト家のお餅をあてにしちゃってるのよ」
「そりゃちょっと恐縮です。今年もお世話になってありがとうございました」
「こちらこそ、困った時はお互い様だからね。また来年もよろしくね」
「はい、ありがとうございます。お孫さんたちにもよろしくお伝えください」
「ありがとう〜。良いお年をお迎えください」
「はい、おばさんも。それじゃ、失礼します」

キィ〜となって玄関の扉を閉める。この瞬間、私の気持ちは、つきたてのお餅のようにふわ〜とした湯気のようにぽ〜っとあったかくなる。
(まさか、今年のお餅、あんなステップで作ったとはおばさんも思わないだろうな、うふふ。)
私はそんなことを考えて楽しくなって、20歩程度で帰宅する。

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自分の食べているお餅が、どんな人のどんなステップで、どんなリズムで生まれたか。お餅を食べる時に考えるひとはまずいないと思う。例えば、スーパーで買ったお餅も、工業用ロボットがきっとリズミカルに餅をついて、それを操作する「誰か」がいたのだと思う。ロボットが進化しても、そのロボットを運用したり、操作したり、それ自体を作るのは「人」だなとよく考える。お餅一つとったって、それが家庭でつくったものでも、工場で作られたものでも、「だれか」がいるから存在しているのだと思うと、まるっと勝手に愛なんだ。そんな私は平和すぎるのかしら。

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「今年のお餅もおいしいね」
「おいしい。やっぱりつきたては最高だよね」
「うん、やっぱり私はきな粉派だな」
「まあ、あのステップのおかげだと思うよ」
「そうかな」
「どうだか」

ケラケラ、ケラケラ。現場を見ていない母も、そんなやりとりに笑って嬉しそうにするから私も嬉しくなった。今年のお餅は楽しいステップでつきました。だから、きっとおいしいのです。誰に伝えるわけでもなく、そんなふうに思いながらお餅を頬張った。噛みごたえがあって、歯と歯の間を弾んでしまうような。噛めば噛むほど、もち米の甘みがじんわりと感じられる。きな粉をまぶせば、こっくりと大豆の香りが鼻を抜ける。あんこをまぶせば、贅沢な甘みが一気に押し寄せて、お餅との相性がなんていいのだろうと、気づけばもう一つ手を伸ばす。お餅、名前からして、同感だ。

結局のところ、お餅つきは、準備も実施もすこしご厄介だ。それでも、毎年、毎年楽しい。日常からすこし離れて、一粒一粒のもち米を思い思いについて、形にして、手を加えて、それを皆でたんまり頬張るのだから。思春期の頃は、年末に高島屋さんのあのバラの紙袋を持つ家族が、鰻とかお寿司とかの外食にいく家族が、とてもうらやましかった。でも、今は、私この我が家のスタイルというか慣例というかを大層気に入っている。時代が変わっても、あえてこの古風な取り組みを我が家は続けてみたい。

今年も三十日がやってくる。
今年はどんなステップで、どんなリズムでお餅をつこう。

(皆さま、よいお年を。つづく)