第五回:ユニバーサルおせち

第42期(2018年12月-2019年1月)

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こんばんは。当番ノート42期のヨシモトモモエです。
毎週火曜は私のお部屋で、のんびりしていきませんか。

27歳・実家暮らし。
会社勤めを楽しくしながら、家業を手伝い、踊りなどもしています。「踊れる・食卓」では日々のくだらなくて、けどすこしくだるなぁ、と感じたことをゆるっと書いていきます。

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第五回:ユニバーサルおせち

この年末、我が家の台所に隕石のようなものが落ちていた。
隕石、といっても、だいたい10キロぐらいだ。それもひとつではない。7つだから目を覆いたい。何が起きているかというと、なんてことはない「白菜の漬物」を作るためだった。柚子の皮の千切りと、細く切った鷹の爪、こんもり盛られた塩、これでもかというほどの細切りの昆布。そして、立派に育った白菜たち。下ごしらえをしたら、漬物桶にいれて、寝かせる。起きる頃には年が明けている。

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再掲だが、我が家は家業が特殊で、極小サイズの神殿を持った住まいに私は今日も住んでいる。母は、毎年毎年、年末になると「おせち作り」という一大ミッションにとりかかるのだ。

「今年も、ミッションがはじまるわ」

母は、一大決心でもしたかのような、覚悟を伴う神妙な顔つきで、そうつぶやく。
ミッションとは、たしかに共感で、自分たちの家族の分だけでなく、我が家に訪れる方々のためのおせち作りなのだ。12月後半になると、我が家はちょっとした道路に急にできるような直売所のような雰囲気で、お野菜が神殿の渡り廊下を埋めていく。多い時で10人の家族が揃う我が家において、通常の食生活でもまあまあエネルギーを使う。それなのに、年末は知らん顔して早々にやってくる。元日には一応「元旦祭」というお祭りごとがあるので、そこへ向けて一挙に準備をする。

母に限らず、小さい頃から年末になると「おせちを皿に盛る」という一大ミッションが子である私たちにも課せられてきた。少ない年でも80人前、多い年では200人前ぐらい一気に用意する。結んでも結んでも、終わることを知らない昆布結び。引いても引いても、出てくるさやえんどうの筋。地道な仕込みの数々は集中しないと時間通りには決して終わらない。ひとつひとつの工数を加味して、スケジューリングされているから、ひとつでも遅れてくると、紅白歌合戦が見れるかどうかという死活問題につながるのだ。母は、ひとつひとつの具材を別々の鍋で丁寧に煮込んでいく。手伝いをしっかりするようになってようやくわかったけれど、全て別々の鍋なんだと思った。どれも、だしがやさしくきいていて、薄味だけれどそれぞれの野菜が本領を発揮できるようなそんな余白のある味付け。母はどこで覚えたんだろうか。

昆布、蓮根、しいたけ、さやえんどう、人参、里芋、牛蒡、こんにゃくで一皿。
人参と大根を細く切って、柚子で香り付けたなますも、一皿。
母が毎年総力を捧ぐ黒豆の煮たので、一皿。
かまぼこと伊達巻を綺麗に飾るので、一皿。
力の入っている年は、数の子も煮て、栗金団も作り、酢蛸あたりも用意する。
あとは、だしをとってお素麺をするりといれた澄まし汁。
そして、我が家のマスターピース、白菜漬け。
元旦の夕方には、甘酒を振る舞ったり、お汁粉も配ったり。

小さい頃からこのやり方で27年来てしまっているので、百貨店さんや小料理屋さんが出している「おせち料理」の仕出しカタログを初めて見た時は結構衝撃が走った。重箱に、ところ狭しとこんなにもぎゅっとおいしいものが詰まっているなんて。そうか、海老とか蟹とかだけでなくて、今時はローストビーフとかも乗せたりするのか、なんだか和洋折衷な雰囲気でちょっとかっこいいな。宝石箱や、って、きっとこのことやんか、と思ったりなどした。

我が家は重箱に入れる実力がない。我が家が総力をあげようと、親戚の30人分だって精一杯なのだ。なので、大きな平皿にばーんと盛る。縁起のいいものを”重ねる”ということも、「重箱」には込められているはずだけれど、うちの場合はもう縁起のいいものをばーんと”広げる”スタイルだ。それはそれで、すこし縁起が良さそうなので、神さまがいるとしたなら、大目に見ていただけないでしょうか・・・。いつからか、正月の神殿にそんなことを思う。

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元旦祭は、朝から垂れ幕を玄関に掲げて、琴などの調弦をし、お供え物を献饌(けんせん)する。祝詞をあげて、1年のお祈りをして、午後を過ぎると、机をずらっと並べて座布団をしき、皆で一斉に席に着く。そんな時に、たいてい母は、また例の割烹着を着ている。よく着ているのは「Happy leaves」という文字が胸元に入ったものだ。幸せの葉。儀式で使う、榊(さかき)のことだろうか。いや、きっとそんなに意味はないけれど。母のこのよくわからない英単語の書いてある服を見ると、忙しい1日もふっと心がほぐれてくる。

「今年のおせちも、どうにかできたね」
「そうだね、よかったね」
「本当に、一時期はもう年を越せないかと思ったわよ」
「なんかそれ毎年言ってない?」
「あら、そうかしら」

毎年、言っています。でもそうやって、新年早々たくさんの人と顔を合わせる家も悪くない。おせちを机でつまみながら、隣のおばさまたちと話をする。

「ももちゃん、今年もおせちおいしいわね」
「あら、よかったです。母に伝えます」
「これって、お母さんが全部味つけてるの?」
「はい、仕込みはみんなでやるけど、味付けは全部、母ですね」
「お母さんこっちに嫁いできて何年経つかしらね」
「そうね、私が27だから、29年ぐらいになるかしらね」
「はやいわね」
「普通の家から嫁いできて、この量のおせち作る暮らしになるとはね」
「お母さんは努力家ね」
「すごいですよね」
「えらいわ〜」

母は褒められている。あとで伝えてあげよう。決して弁も立つ人ではないけれど、こうして母のことをひそかに応援してくれている方多いのはいつも嬉しい。

「おじちゃん、おせちお口に合いましたか?」
「ありがとう、今年もおいしいね」
「よかった〜、ありがとうございます」
「かあちゃんがいなくなっちまってから、おせちなんて作らないからね。
息子たちも外食は誘ってくれるけど、どうも、正月ってそういう気分じゃないんだよ」
「おばちゃんお料理上手だったもんね。お豆の煮てくれたのが私も大好きだったな」
「俺も好きだったよ。この年で独り身だとおせちなんて買えないからさ。おじさんもね、怖い親父だったけれどさ、さびしくなっちゃうんだよ。だからここへ来て、おせちたべれるのが嬉しくてね。あてにしてるよ」
「それはよかった。母も喜びます。ひとりじゃこんなにたべきれないよね」
「料理はするけれどさ、さすがにこんなに一個ずつ作れないしさ、豪華にやればやるほど、一人を感じるんだよ」
「そうですよね。おじちゃんが作ったんなら、きっと一人で食べてもおいしいけどさ、やっぱりおばちゃんを思い出しちゃうよね」
「すぐに写真に目がいくよ。かあちゃんは味付けが濃い人で、あんたの母さんのは味が薄いでしょう?それなのにちょっと泣けちゃうんだよな」

あぁ、そんなこと言ってくだすったら、私も泣けちゃうわ。おじちゃんは、最近涙腺が弱いからか、また皺々の目元に涙をいっぱいためて、でも昔の人だからかうっと堪えて、泣かないようにしていた。手元にもった皺々の日本手拭いであとでこそっと拭きながら、おばちゃんのことを思い出して欲しいと勝手に思ったし、そうして自分の母の作った味が、おじちゃんの「かあちゃん」に重なって嬉しい。

「おじちゃんさ」
「なんだい」
「おじちゃんもうちの家族だから、うちのおせち食べてるんだよ」
「そうだね、そうだね。ももちゃんが赤ん坊でおべべを着ている時から知ってるもんな、世話んなるよ」
「元気でいてもらわなきゃ困ります」
「そりゃがんばんなきゃな〜」

おせちは、お節と書くけれど、人生の様々な節目に人との行き交いがあって、こうしておじちゃんと、おせちを通じておばちゃんのことを思い出しながら、我が家を自分の居場所と思ってくれるのが、また「今日」という日ならすごくいいなと思った。

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そのあと煎茶を飲みながら、おせちは、ある意味、ユニバーサルな何かなのかもなと思い始めた。きっとそれぞれの家庭で味付けもやり方もすこし違うのに、根っこの部分はとても普遍的だったりする。

それともうひとつ、気づいたことがあった。
それは、母は、そうしたハレの日に我が家に足を運んでくださるひとりひとりを、自分の家族同然と思っているから、おせちにこんなに気合が入っているということだ。

そりゃ、一大ミッションだ。
今年も、あとこの原稿がアップされるころには、ミッションコンプリートしていることを願いたい。
今年もみなさんにとって、いい一年になりますように。

(あと、3回ばかり、つづく)