リリース

長期滞在者

満開の桜を見ていると思い出す。
まだ桜がパラパラと咲き始めた頃。
電話を受けて汗だくで走った西新宿の街。
祈りながらずっと俯いていた北九州行きの飛行機の中。
窓から見えるであろう懐かしい風景が歪んで全く見えなかった電車の中。
押し寄せるどうしようもない感情に子どもの頃のようにたくさん泣いたあの日。

父がこの世を去ってから丸一年が過ぎた。
もうあの頃のように悲しみに明け暮れることもない。
時間の経過というものは着実にその熱量を下げていく。
沸騰するようにわきあがってきていたどうしようもない感情も落ち着きを取り戻している。

この文章を書きながらぼくはアントン・コービンの映画を観ていた。
そしてアントン・コービンという人に自分の中の父親像をなんとなくかさねていた。
父は寡黙でときにひょうきんで対外的には器用なようで不器用な人だった。
自分も同じ血をひいているだけあって、
戯けてひょうきんに振る舞ってはみるものの人付き合いは実は大の苦手で喋るのも大の苦手。
音楽や写真を通してやっとコミュニケーションがとれる、そんな人間だ。
一年前、父に、母に、心配をかけないよう変わろう、強くなろうと思ったけれど、あれからそんなに変わっちゃいない。
環境の変化は劇的でも自分の進化はとても緩やかだ。
その速度の差に少し苛立ちをおぼえるけれど、そいつも愛してやらなきゃいかんなと思う。

9月に町田のサイトボックスで「FOUNDATION」という展示をやらせていただいた。
ぼくにとっては初めての展示であり初めての個展だった。
「FOUNDATION」は「基礎」という意味の単語だ。
ぼくという人間を構成する基礎を見つめ直し、これから新しい自分を構築していくための決意の意味を込めたタイトルだった。
ぼくが小さい頃から描いていたイラストや撮り続けている写真、そういったものにはじめて正面から向き合った、つもりだ。
亡くなった父や家族との思い出の追憶から、これまで大切にしていたもの、
これからも大切にしていかなきゃいけないものを見つけることができたように思う。

あのとき、ぼくはファインダーを覗きながら、シャッターをきりながら、手紙を書いていた。
最後の最後に会うことができなかった父への
そして母への
手紙だった。
初めて書いた手紙。
いつまでも不甲斐ないぼくからの感謝と決意の手紙。
きっと父のいる世界にも届いていると信じている。

エディは「解放してくれないか」と歌っていたけれど、
ぼくはまだ、解放してほしくなかった。
エディは「ぼくは今、まるで父さんのようだ」と歌っていた。
ぼくの頭からつま先、いたるところから父を感じることができる。
きっとそういうことだ。
ぼくは展示中、壁に一枚の便箋を貼った。パールジャムの「リリース」という曲の歌詞を綴った便箋を。

日々目の前の景色を歪ませていたあの頃から少しだけ時を重ねて
少しは父に近づけただろうか
あれから一年経った今日、もう一通手紙を送ろうと思う

ぼくはゆっくり一歩一歩歩きながら
今を生きています