谷底本箱煙猫―おさらをあらわなかったおじさん

長期滞在者

うちじゅう,よとれた おさらや
――よごれた うえ木ばちや
――よごれた はいざらや
――よごれた キャンデーざらや
――よごれた なべや
――よごれた せっけんいれで いっぱいです。
本は どこやら――
めざましどけいは どこやら――
ベッドでさえ,どこにあるのか,わかりません!
いすまで おさらでいっぱいなので,
すわって かんがえることも できません。
おまけに,ながしも どこにあるか わかりませんので
おさらを あらうこともできませんでした。

(『おさらをあらわなかったおじさん』より)

返却日からひと月以上たっても本を返していない子を対象に督促をした。翌日、次から次へと本が戻ってくる。バツが悪そうに謝る子、「すっかり忘れてた!」とあっけらかんとして持ってくる子、見ていないうちにこっそり返却の箱に入れる子。そんなにすぐ返せるものなら手元に置いていないで持ってくればいいのに、とあきれてしまうが、持ってくるだけまだよいほうだ。中には、なくしてしまったかもしれないと今にも泣きそうな顔で来たり、借りた記憶がない、と頑として言い張る子がいたりするからだ。でも心配ご無用。必ず出てくるのだから。そういう子は自分のまわりに小さなブラックホールを点々と作る性質がある。教室の机の一番奥、道具箱の中、家に帰ればベッドの隙間やテーブルに積んであるプリントの間。たくさんある小ブラックホールのどこかに図書室の本は吸い込まれて抜け出せなくなっている。あらゆるところに潜んでいる暗黒物質さえ除去すれば、必ず救い出すことができる。幸運を祈る!

などと偉そうに言っている私ですが、私もブラックホールを日々生産するタイプの人間です。出したものを同じ場所に戻さないで、ぽんとその辺に置いたが最後、ブラックホールはこまごまとしたものを吸収し、日に日に大きくうず高くなっていきます。私が探しているものはどこにいってしまったのでしょう。
そうだそうだとうなずいている皆さんもご安心を。今回紹介する『おさらをあらわなかったおじさん』は、もっとひどいありさまなのに、見事に片付いてしまいます。
おじさんは、小さな家にひとりきりで住んでいます。ある晩、たくさんの晩ごはんを作ったのですが、あまりにもたくさんあったので、食べ終わった時にとてもくたびれてしまいました。そこで、お皿はそのまま流しにおいて、明日の晩一緒に洗うことにします。ところが、次の日も、その次の日も、たくさん食べ、ますますくたびれたおじさんは、お皿をいつも洗わずじまいでした。そのうち、汚れたお皿は流しに入らなくなり、テーブルの上を埋め、本棚も、椅子の上も、どこでもかまわず空いている場所に積み上げました。お皿がなくなると、植木鉢や花瓶を使いました。家が汚れたものでいっぱいになり、何もかも使い果たしてしまったそのとき、あることが起き、おじさんのうちは元通りになるのです。

そんな解決方法が本当に使えたらいいのになあ、と物語の中のおじさんをうらやみつつ、今日も「ない、ない、どこにもない!」と嘆いている私です。

☆今月の一冊:『おさらをあらわなかったおじさん』(フィリス・クラジラフスキー文 バーバラ・クーニー絵 光吉夏弥訳/岩波書店)