虫の譜|タイコウチ Laccotrephes japonensis

虫の譜

タイコウチ Laccotrephes japonesis

JR東海「うまし うるわし 奈良」キャンペーンに當麻寺(たいまでら)が特集されていた。電車の中吊り広告を見て、すぐに写真を撮って興奮気味に父にメールした。そこは20年前、父に何度も連れて行ってもらったところで、小学生の私にとってはその名を聞いただけで駆け出したくなるほど心が沸き立つ魅惑の地だった。寺の近くのとある施設の傍にある、アオミドロがたんまりと繁った何の変哲もない小さなコンクリートの側溝が、水生昆虫たちのめくるめく宝庫だったからだ。

その場所との出会いは小学校の遠足だった。メインの目的地だった當麻寺の後に立ち寄ったその施設で、私は幅わずか20cm程度のその側溝に釘付けになった。タイコウチにマツモムシ、ミズムシ、コシマゲンゴロウ、ハイイロゲンゴロウといった、大阪の市街地では図鑑でしか見ることのできない水生昆虫たちがひしめいていたのだ。私は大いに興奮して、その日の夜、父に「たいまでら」がいかに素晴らしい場所であったかを熱烈に訴えた。父はすぐにこの週末に行こう、と言ってくれた。

学校の遠足という「公」の私がつい先日行った場所に、今度は父と一緒の「私」の私が行くことの越境感。それに「たいまでら」とは言ったものの実際には當麻寺ではないその施設に、本当に再び辿り着けるのかという不安。クラウンの助手席で期待と一緒に頭を占めていたそういう思いは、あの側溝が見えた瞬間に興奮に押しやられて掻き消えた。ここ!ここ!と父に叫んで、車を飛び降りた。思う存分溝に這いつくばって、父と一緒にタイコウチや小さなゲンゴロウの仲間を虫かごに集めた。

以降、「たいまでら」には何度も足を運んだ。側溝がほとんど干上がってあまり虫がいない時もあったように記憶しているけれど、父の「“たいま”行こか」はいつも嬉しくて跳び上がりたくなるような特別な言葉だった。

メールの返事はすぐに来た。テレビで同じ広告を見て母とその話をしていたということ、他には何もないところだったけれど溝の探索が面白かったということ、近くに有名なお餅屋さんがあったということ。さらに、マツムシやハラビロカマキリを捕まえたという私が忘れていたことまで、本来虫好きでも何でもない父がよく憶えていた。

調べてみると、あの施設はまだあるらしい。側溝は健在だろうか。行ってみたいような、行って失望することが怖いような。